第10話「神の教えの伝道者」③
「――あなたは」
あなた。最初に「テメェ」と言われたことを考えると、普通よりさらに敬意を払っているのが伺える。
チャールズが驚いていると、ユリウスは苦い表情のまま言葉を続けた。
「あなたは、間違いなく神を愛している。……それなのに、何故それほど神を愛しながら、悪魔についた」
ユリウスには分からない。
魔女は悪魔。
悪魔は皆滅ぼさねばならない。
ユリウスはそう教えられて育った。孤児院の聖職者たちも教職者たちも、皆そう言っていた。
――だから妹は死んだ。執行人になって初めて、ユリウスが殺した。魔力という、悪魔によってもたらされる悪しき力がその身に宿っていたから。
魔女たちは、魔女の弟子たちは、彼女たちを慕う者たちは、それは違うと言う。自分たちは、彼女たちは人間だと。悪魔ではないと。
だがそんなのはただの言い訳だ。言い訳なのだ。
「っ、最初にっ、執行人の身で罪人の跪き方をするのかって言ったな。そりゃあそうだろ。当たり前だ。今まで通りなんて出来るわけねぇ。俺はもう、執行人でもなければ人間ですらない。俺は――っ」
言いたくない。
認めたくない。
信じたくない。
けれど事実は変わらない。
「……俺は……人を捨てた、罪人なんだよ……」
胸の上から服を強く握りしめる。この服の下は、この皮膚の下は、すでに人のそれではない。
元々仲は良くなかったとはいえ、同じ部隊の仲間であったはずのコンラッドによって殺されかけたユリウスは、「助けようか」というファーラの言葉に乗り人間から魔法人形に生まれ変わった。
ファーラの誘いに乗ったこと自体には後悔などしていない。ユリウスはあのまま死ねなかった。死にたくなかった。妹にも手を出そうとするコンラッドが許せなかったし、ただただ単純に、全てを残して裏切り者という汚名を被されたままなんて嫌だったから。
けれど、そんな本能とぶつかり合うように、敬虔なる神の徒として培ってきた精神が、悪魔に跪いた事実を責め立てる。
お前は神に背き悪魔を選んだ罪人だ、と。
だから、祈りを捧げようとしても普段のように出来ない。それでも祈りを捧げたいから、罪人のやり方で祈りを捧げていた。額と胸に緩く丸めた拳を当てるのは、悪しき思考と感情を外に出すための姿勢だ。
両拳を握りしめ、ユリウスは小刻みに震えながら俯く。
悲しみ、苦しみ、怒り、憤り、絶望。堪えていたものが一気に噴出したかのような気分だった。
縋る神の姿はない。魔女の空間に来てからのユリウスを立たせているのは、これまで彼が信じ培ってきたもの。
しかしそれらは、ユリウスが生きていることでどんどんと摩耗していく。今のユリウスの存在自体が、彼が培ってきた教えと相反するから。
言葉を無くして立ち尽くしたその時、ユリウスは胸の奥が、視界が、暗く染められていくのを感じた。
比喩ではない、紛れもない現実の事象。この暗さには覚えがある。これは――魔力切れの時と同じ感覚だ。
腕を動かそうとしたが、腕どころか指先すら動かない。
魔力切れ? いいや違う、来る前に大量に入れられた。魔力が溜まるピアスという物も付けさせられている。
何故、と動けないまま混乱したユリウスは、以前ニーロが語っていた言葉を思い出した。
『魔法人形は怪我でも病気でも死なないし、普通にしていれば寿命も来ない。だが、核を動かす意思、つまり心が死んだら少しもせずに体の方も死んでしまう』
それだ、とすぐに理解する。
今、ユリウスは胸の裡を吐露した結果、認めたくはないが、心が折れてしまった。魔法人形の生命線たる意思を、保てなくなりかけている。
(は? あ? なんだこれ、おれなにを、こんなの、なにすりゃ)
動けない。
魔力切れじゃないなら魔女の助けも意味がない。
折れた心など、どうやって持ち直せばいいのだ。家族も、誇りも、神も、縋るものなどもう何もないのに――。
「あなたは人を捨ててなどいないし、罪人でもない」
遠くなりかけた意思に、言葉が降る。




