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魔女は契約を継承す  作者: 若槻風亜
腐食の魔女編
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第10話「神の教えの伝道者」②


 反射的に立ち上がり振り向いたユリウスは、扉の所に立っている中年の男性と目が合った。


 年の頃はニーロと同じか少し上ほどだろうか。身長は彼よりも少しばかり低い気がする。細身ではあるが、やつれているという印象はなく、その佇まいはどちらかというと清廉(せいれん)さを窺わせた。


 すっかり白くなっている髪は短く刈られている。聖職者のみならず、神に仕えると自負する男性が供物のために髪を伸ばすのは通例だ。そう考えると、神父の髪が短いのは副都を基準で考えれば異常だった。


 だが、この教会から察するに、|その意識はない側(傍点)なのだろう。


 丸眼鏡の下から、青色の柔らかな双眸が、穏やかさを湛えてユリウスを捉えている。身に着けているのは、神父が勤めを行う時の動きやすい簡礼装(かんれいそう)だ。間違いなく、この教会の管理者だろう。


 そういえば少女が呼んできてくれると言っていた。今更思い出し、ユリウスはバツの悪さを不機嫌な顔と舌打ちで誤魔化す。


 ユリウスの知る神父であればここで諫めるか諭すか不愉快そうな顔をするところだが、この神父――ジェシカが言うにはチャールズ――は特に気にした様子もなく教会内に入ってきた。


「初めまして。この教会の神父をしております、チャールズ・ロッツと申します。お待たせしてすみません。近くの家の奥方が懐妊中でしてね、少々手伝いに行っていました」


 よく食事の世話をしてくれるのですよ、と説明しながら、チャールズは汚れたタオルを壁際の小さなチェストに置く。使ったばかりらしい濡れたそれは、彼がここに来る前に最低限の身だしなみを整えてきたことを示していた。


「――俺を知ってるのか?」


 先ほど声をかけられた時、彼はユリウスを「執行人」と呼んだ。彼が姿を消したのはユリウスが執行人になる前の話なので、知っているわけがない。


 そんな疑問を抱いたのだが、答えはすぐに出る。


「ええ、新聞に書かれていましたよ。『教会執行人 ユリウス・キルコリーネン、知識のアリクアンド ファーラによって魔法人形となる』、と。……その前も大変だったそうで。災難でしたね。よくお耐えになられた」


 ああ、あの騒がしい鳥女か。該当の新聞を思い出し、ユリウスは今度は本気で舌打ちした。


 魔女たちや魔女の空間で暮らす者たちの同情を誘うために、その記事はひどく憐れに書かれていた。もちろん喜ばしいことがあったとは言わないが、「可哀そうな彼を救ってあげましょう」とばかりの物言いは、今を持ってなお不愉快この上ない。


 苦情を入れてやった伝達の魔女(アレッタ)が、


「わざとだよわざと。気分を悪くさせたならごめんだけど、『可哀そうなユリウス』にしとかないと君がこの先やりづらくなるだけだよ?」


 と悪びれなかったのがなおさら腹が立つ。


「憐れんでんじゃねぇよ。俺は俺の意思で生きることを望んだ。あのガキの人形に落ちてもなけりゃあ、テメェらに濡れ犬みてぇに憐れまれる謂われもねぇ」


 殺さんばかりの視線をチャールズに投げる。信徒に好かれ神への敬意を払う善き神父であることはユリウスも認めるところだが、同情を受けて気分がいいわけがない。


 しかし、怯えるなりバツが悪くなったりすればいいと望んだ神父は、真っ直ぐにユリウスに視線を投げたまま確かに頷いた。


「ええ、その通りだ。私はあなたを知らないが、あなたを魔法人形にしたファーラのことは知っている。その姓(キルコリーネン)を持つ者がどのような性分になるのかを知っている。そんなあなたが、仲間に襲われた絶望で助けを乞うことはしないでしょう。ならば、あの記事のような憐れみを向けられるのは間違っている」


 ユリウスの言葉を認めた後、これは参った、とチャールズは緩く笑みを作る。


「……私の言葉が悪かったようで勘違いをさせてしまって申し訳ありません。キルコリーネン執行人。私はあなたを憐れんだのではない。あなたの苦労を労いたかったのです。いや、エルディードのルディンブのようにはいきませんね」


 あからさまな嘘を、と途中まで思っていたユリウスは、最後に付け加えられた名前を聞いてぴくりと反応した。


 エルディードのルディンブ。神話に登場する、英雄の冒険を労い称えた長老のことだ。


 他神話ではせいぜいその(くだり)が一文二文出てくる程度の登場人物だが、風の男神の神話ではもう少し詳しい記述が載っている。豊穣の女神を拝する神父から、この人物の名前がすぐに出るとは。


「しかしキルコリーネン執行人。同情や憐憫(れんびん)は、それ自体は決して悪意の感情ではないのですよ。元々は慈愛の女神・キリシエルの慈悲を神代の人々が学び、実践したもの。もちろん、人の心が介した以上神の慈悲のように下心がまるでない状態には出来ないでしょう。しかし、根本は変わらないのです。まずは相手の感情をよくはかるのです。あなたを思って、善意で憐れみを抱いた者まで攻撃して否定してはいけない。それは慈愛の女神が説く教えに反する」


 笑みを少し控えたチャールズの真面目な眼差しが正面から注がれた。少し思うところが出来たユリウスは、それを正面から受け止める。


「だが明けの英雄・ペルティンは、最後に立ち寄った町の者たちの憐憫を受け続け堕落した。あの町の住人たちは善意であったとされている。憐憫が、受けた者を堕落させ注いだ者を優越感に浸らせた例だろう」


 神話を基にした宗教譚を返せば、チャールズは少し目を丸くした。だがすぐにユリウスの求めることを察したのか、再び笑みを浮かべる。


「ユグレンドの宝剣ですね。ええ、あの節の教えは仰る通り、『過ぎたる憐憫を受け入れ続ければ堕落する。過ぎたる憐憫は慈悲の心を曇らせる』となります。ではこの話が憐憫が全て悪と語っているかといえば、そうではない。この節の始まり、英雄ペルティンが傷付き訪れた時、町の者たちは皆彼の痛みに寄り添った。この時の町の者たちに『英雄に施してやっている』という優越感などなかったでしょう。最初の彼らは神の教えの通り、慈悲の心を抱いていた」


 宗教譚を語りながら、チャールズはかちゃりと眼鏡を指先で上げた。その下では双眸が輝いている。この時間を楽しもうとしている、と隠さない様子で。


「ペルティンが町を出ると言った時が分かれ目ですね。ここも教えの一つです。『挫けた者が立ち上がる時は見守りなさい。また傷付くと翼下(よくか)に隠し続ければ、人は立ち上がり方を忘れてしまう』と。ゆえに教えは『過剰な』となるのです。子離れ出来ない親によくされる説教ですね」


「では天を駆る娘はどうだ。彼女の神話には過剰な表現はなかったが、間違いなく憐憫がその翼を折ったぞ」


「それは――」


「ならこの話の――」


「仰ることは分かりますが――」


「この節では――」


「その解釈は15年ほど前の研究で――」


 滾々(こんこん)と、ユリウスとチャールズは神話と教典による神の教えをぶつけ合った。


 偶然その場に訪れ、取り込み中かと回れ右した近所の男性は(のち)に、「どちらも論調が穏やかなので最初は言い合っているのだと気付かなかった。神様にお仕えしている人たちってのは不思議だね」、と語ったという。


 どれほどの時間が経ったか。不意にユリウスの言葉が止まる。おや、とチャールズが思うのとほぼ同時に、苦い視線が向けられた。



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