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魔女は契約を継承す  作者: 若槻風亜
腐食の魔女編
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第10話「神の教えの伝道者」①


 時は少し遡る。


 ここだよ、と示されたこぢんまりとした教会。屋根に掲げられた豊穣の女神のシンボルが本物であることを見極めているうちに、他の者たちは先へと進んでしまった。


 今更駆けて追いかけるのもみじめったらしい。苦い顔で舌打ちし、ユリウスは改めて教会と向き合う。


 木と石で出来たそこは、造りこそ小さいもののみすぼらしい印象は与えない。真っ直ぐに積まれた石やささくれ一つないほど綺麗に削られた木の表面からは、むしろ清貧さが感じられた。


 端から端まで外観を見渡していたユリウスは、不意にあることに気が付く。視線の先にあるのは鉄枠にはめられた木の扉。


 まさかと、教会に背を向け、視線を半周させた。太陽の位置、木の陰、時間。それらを総合させ、気付いたそれを確信する。


「……扉が西向き……。それにこの場所、東の端か。ってことはここは――」


「あれ? お兄ちゃんお客さん? 神父様なら今あっちの畑にいるよ。呼んでこようか?」


 扉に手を当て見上げていたユリウスに背後から声がかけられた。


 振り向いた先にいたのは大きな籠を背負っている10歳ほどの少女。背中の籠には、収穫したばかりらしい野菜が光を弾いて輝いている。


「…………………………ああ、悪いな」


 いらない、と言いたかった。悪魔の住処にいる者に借りを作りたくなかった。だがここで拒否したところで教会の周りにたむろしている不審人物にしかならない。それは不本意この上ない。


 それに、件の神父様とやらがどんな人物なのか気になるのも確かだ。


 これは教会執行人として監査。この少女は自らの意思で来たわけではない罪なき者。脳内でそんな言い訳を重ね、ユリウスは長い逡巡の末少女に返事をする。


 直接的な回答ではないが、きちんと人と関わる能力を身に付けているらしい少女は、「分かった」と元気良く返事をして荷物を教会の扉横に置いた。


「あ、呼んでくるから中で待ってて」


「は? 鍵かかってねぇのかよ。教会だぞ」


「? 教会だからかかってないんでしょ? とにかくちょっと待っててね」


 言うが早いか少女は飛ぶような早さで駆けていく。施設の弟妹達を思い出し少しばかり郷愁(きょうしゅう)に浸ってしまったユリウスだが、すぐに頭を振り、教会の扉に手をかけた。


 少し力を入れて引けば、少女の言葉通り鍵のかかっていない扉はすれる音を立てて開く。


「……教会だからかかってない、か」


 扉を開ける音にかき消されるほど小さな呟きは自身の耳にすら届かない。けれど脳裏には確かに副都レイレンブルグの光景が広がっていた。


 教会都市とも呼ばれるそこには、数多の教会が立ち並ぶ。最も信仰する神は人それぞれで違えど、ムルテウス教は多神教らしく、「全ての神は尊く、貶すことなど以ての外」とされている。そのため、別の神を祀る教会が隣り合うことも珍しい話ではなかった。


 それでも、「意地」というものはあるものだ。各教会は己が神を称えるべく、意匠を凝らした様々な調度品で飾り立てられている。


 そのため、教会は夜になると鍵が閉められ、警備のために騎士や下位の執行人が立つ。夜間にも開いている教会はあるが、そこもやはり多くの騎士や執行人たちが警備に当たっていた。教会の役割の一つである懺悔を聞き届ける務めについては、夜間専用の場所が正規の教会とは別に設けられている。


 それがおかしいとは思わない。口さがない者は威光をひけらかしているだけだ、本来の教会の姿ではない、と言うが、神のために金をかけ、それを守るために警備を置く。決して間違いではないだろう。


 どうせこの教会は大したものを置いていないだけだ。馬鹿にしながら教会内に入ったユリウスは、しかし次の瞬間息を飲む。


 室内に入り最初に目に入ったのは、出入り口の真正面に佇む豊穣の女神の像。天井に設けられている窓から差し込む陽光で照らされるそれは木彫りではあるが、とても丁寧に削られ、これだけ離れていても美しさが伝わってきた。


 目をそらせないまま近付く。像の前の祭壇に向かう階段の前で立ち止まり、よくよく顔を見れば、職人の腕の良さが確信に変わった。頬の流線も、一本一本丁寧に彫られた睫毛も、(まなじり)の柔らかさも、全てが一等品と呼ぶに相応しい出来だ。


 ユリウスは軽く混乱する。こんなものがあるのに鍵を閉めない精神が理解出来ない。副都だったら一晩で無くなっているだろう。国で最も信仰深い土地と言われているが、悪意もまた同じ程集まる場所だ。


「――はぁっ!?」


 視界の端に何か光る物が見え、ユリウスは何ともなしにそちらに視線を向けた。視界に映ったものに、反射的に驚きの声を上げる。


 女神像の前に設置されている祭壇。その中央に置かれているのは、成人男性の拳ほどの大きさで作られた、豊穣の女神を表した絡み合った蔦と花のシンボル。()の女神を信仰するリーヌスがストールにつけていた物と形こそ同じだが、それを成す素材はユリウスに目をむかせるのに十分すぎるものだった。


「……ペリ、ドッ、ト……? これ丸ごと、か……?」


 宝石に詳しいわけではないが、豊穣の女神の前に捧げられ彼女のシンボルを(かたど)るのなら、これは彼女を表す宝石であるペリドットに他ならないだろう。


 像の方であれば、重いからだ、大きいからだ、と理由がつけられた。けれどこれは子供ですら持ち出せるサイズだ。そして売れば間違いなく、大金が手に入る代物。


 唇を引き延ばし、ユリウスは女神像を見上げる。意地で隠せないほど胸を埋めるのは――悔しさだ。


 悪魔のねぐらだと決めてかかった場所が、神の膝元とまで呼ばれる副都よりも、圧倒的に治安がいいという事実。それは、表し方が歪んでいるとはいえ、敬虔な神の徒に恥を抱かせるのに十分だった。都会だから、田舎だから、なんて、最早恥を上塗りする言い訳にしかならない。


 悔しいが、納得しがたいが、せざるを得ない。


 ここは、この教会は、間違いなく神の愛を示す場所で、信徒が神に愛を返す場だ。


 表情を改め、ユリウスは女神像の階下で両膝をつき、頭と胸の前に丸を作った手を添える。そのまま両眼を閉じた時、背後から声を掛けられる。


「おや、執行人ともあろう方が、罪人の祈り方をなさるのですか」



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