第9話「豊穣の魔女」⑥
ジェシカの住居に向かう道すがらにある、木と石で建てられた小さな教会。まだ苦い顔をしたままのユリウスをそこに置いていき、ニーロたちはそのままジェシカの住居に向かう。
出迎えてくれたジェシカの母・カレンは、ジェシカに引き継がれた若々しい顔立ちに優しい笑みを浮かべて一同を迎え入れてくれた。が、直後、土だらけの娘を見てころりと表情を変え怒りの声を上げる。
「あんたなんて格好で恩人の前に出てるの!」
雷を落とされたジェシカはそのまま母に引きずられ家の奥に消えていった。玄関先に残されたニーロたちの前に代わりに現れたのは、険しい顔立ちの大男だ。
目の上の骨が人より隆起しているせいか、目元は暗く、双眸は薄ぼんやりとしか見えない。恐ろしい風貌とのそりとした動きに、ブリジットは咄嗟に体を強張らせる。だが、大男は一同の前に立つと直前が嘘のように穏やかに笑った。
「いらっしゃいニーロさん。遠いところ――いや、魔法で一瞬でしたね」
はっはっは、と声を上げて愉快そうに笑う大男と、頬を少し緩めたニーロがまるでサイズの違う手を握り合わせる。
「(ファ、ファーラちゃん、こちらの方は?)」
「(ジェシカ様のお父さんのボブさんです。見た目は怖いですけど、喋り方も態度も思考も柔和な優しいおじさんです。ジェシカ様の見た目はお母さん譲りですけど、性格はお父さん譲りですね)」
顔を寄せ合い小声でやり取りした内容は衝撃そのもの。ブリジットはグレースの実年齢を知った時ほどの大声を出しそうになるのを、寸でのところで回避した。談笑する師に恥をかかせまいと、見た目は怖いけど優しいと評された男性を傷つけまいと、必死に歯を食いしばる。
ややあって衝撃が腹に溶け切ってから、ブリジットは口に込めた力を緩め、改めてボブに視線を向けた。夫婦を並べても親子を並べても驚くしかない見た目だが、師と語り合う言動は確かに非常に柔らかな印象だ。
関心を込めて見つめていると、不意にボブの視線がブリジットに向けられる。見すぎたか、とぎくりとするブリジットだが、謝罪が口に出るより早く、ボブが腰を曲げブリジットに視線を合わせた。
「いらっしゃい。君がブリジットちゃんだね。はじめまして、ジェシカの父親のボブ・フォスターだよ。まだまだ弟子になりたてで分からないことが多いだろうけど、挫けずに頑張って、お師匠様の跡を立派に継ぐんだよ。おじさんは野菜をあげることしか出来ないけど、うちの娘はああ見えて魔女だからね。分からないことがあったら遠慮せずに聞いちゃっていいからね」
目線の高さが合うと、暗い眼窩の向こうに穏やかな輝きを灯す双眸が見える。ああ、この人は間違いなくジェシカの父親だ。出会ったばかりでもすでに感じていたおおらかさが、この瞳にもあった。
「はじめましてボブさん。ブリジット・ベルです。ジェシカ様の穏やかさはお父様譲りなんですね。お優しいお言葉、とっても嬉しいです。これからどうぞよろしくお願いします」
自然と笑顔になったブリジットに、ボブは深めた笑顔を返す。
「ファーラちゃんもいらっしゃい。この間は大変だったみたいだね。でもさすが知識の弟子だ。執行人を味方にしちゃうなんて素晴らしい」
魔女の弟子の中でも特に優秀な者につく通り名と「アリクアンド」の呼び名で褒め称えてくるボブに、ファーラは「それほどでも」と頭に手をやり、ニーロは「甘やかさないでください」とファーラを軽く睨んだ。
「おや、ニーロさん厳しいねぇ。子供は褒めて育てなきゃ」
「それは同意しますが、過称は子供に危険を招きます。私は先日ようやく学びました」
父親同士の会話は耳に痛いらしく、ファーラは静かに後ずさりしてブリジットの後ろに半身を隠して腕を腰に回した。ブリジットはそんな彼女の頭を逆側の手で軽く撫でる。「ブリジットさんは僕が守るんです」が半ば口癖になりつつあるファーラの珍しい逃げの姿勢と、頼られている現状がなんだか嬉しい。
「あらやだお父さん! いつまで玄関で立たせておくつもりなの。ほら、早く入っていただいて」
「あ、しまったそうだね。失礼しましたニーロさん、どうぞ、こちらへ」
ジェシカを浴室に押し込んで戻ってきたカレンがまだ玄関にいる一同を見て驚きの声を上げた。ようやく立たせたままだと気付いたボブは、少しばかり慌ててリビングへと歩き出す。
リビングに通されたニーロたちが出された野菜や果物をつまみながらフォスター夫妻と歓談していると、廊下から軽やかな足音が聞こえてきた。
「おっ待たせしましたー!」




