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魔女は契約を継承す  作者: 若槻風亜
腐食の魔女編
80/113

第9話「豊穣の魔女」④


「あ、汚れてた? ごめんねー、マリーおばさんがこっち向かう前に何か言ってたと思ったんだけど、これだったんだね。あー、ちゃんと止まって聞いとけばよかったなー。さっきまでね、畑の収穫してたの。ニーロ様たち来るしどうしよっかなって思ってたんだけど、ちょっとくらいいいかなって。気が付いたら予定より長くなってて焦っちゃった。あ、トマト好き? すぐそこの畑に出来てるのがいい出来なの。お昼用にって近くの小川で冷やしてるから取ってこようか? そうだ、ファーラちゃんはトウモロコシ好きだったよね。エディおじさんの畑で大きいのがいっぱい出来てるから貰っていく? 茹でて食べようか。農家っていいよねー。大変なことももちろんあるけど、代わりにあんな美味しいものを一番に食べられるんだもん」


 鉄砲水の如き勢いで喋り出すジェシカに、言い合いになりかけていたブリジットたちの言葉は止まる。最初に力を抜いたのは、彼女の人柄を知っているファーラだった。


「あー……ジェシカ様はこの通り非常に明るい性分をしてらっしゃいますので、嫌みや皮肉の類は通じません。あとご覧の通りおおらかな方なので、さっきのブリジットさんみたいな間違いをする方にも寛容です。この方本当にそういうの気にしないので」


 暴言の主が他の人間ならもう少し冷静に対処出来たかもしれないが、自分が管理する対象たるユリウスの暴言とあってファーラも無自覚に焦ってしまっていたようだ。熱くなってしまった自分を反省する。今後も起こるだろう暴言には今度こそ冷静に諫めよう、と。


 一方のユリウスはまるで気にした様子のないジェシカに肩透かしをくらい面白くないような顔をした。優位に立ちたい、という単純な欲求が心中にくすぶっているのが手に取るように分かる。ここ数日見てきた様子なら大丈夫だろうと期待をこめつつ、ニーロは慎重に状況を静観することにした。


「――魔女のくせに人の真似ごとして土いじりなんてすんのかよ」


 面白く思っていない顔のまま告げられた言葉の言外には、「悪魔のくせに」という隠しきれない蔑みが込められている。それを敏感に感じ取ったブリジットが怒りを込めた目で振り返り口を開いた。


 だが、そこから言葉が放たれるより早く、変わらぬ笑顔のジェシカが「そりゃそうだよー」と手首を曲げて手先を上下に振る。


「みんなの生活がかかってるから気候とか土壌とかは魔法で調整しちゃってるし、ゴーレムもいっぱい使ってるけど、出来たもの自体は自然の恵み、アリシテシア様の施しだもん。自然の物を糧として手に取るのであれば報恩を抱きながら行いなさい、それが女神の恩寵に対する感謝の奉仕です、って神父様も仰ってるし。魔法がダメだとは思わないけど、やっぱり感謝を示すなら自分の手でかなって」


 アリシテシア、とは、豊穣の女神の名前。その名前が何の躊躇いもなく魔女(ジェシカ)から出てきたことに、ブリジットとユリウスの目はそれぞれ違う意味で丸くなった。


 ブリジットの驚きは、神から見捨てられたはずなのに、変わらず神を敬愛している事実に対して。ユリウスの驚きは、悪魔であるはずの魔女が、神の名とその教えを口にし全うしている事実に対して。


 ブリジットは言葉を失っていたが、ユリウスは衝撃のまま言葉を継ぎ足す。


「お前魔女だろ? 何で悪魔の使いが神の教えを口にする!?」


「え? 何でって言われても……魔女が信仰を捨てなきゃいけないなんて決められてないよ? っていうか、そもそも魔力の主も月の女神様なんだから、神様を愛してたっていいんじゃないかな。神父様だって立場で信仰を曲げる必要はない、神を愛する心は誰かに貶されるものではないのだから、ってよく仰ってるよ」


 ユリウスの剣幕に、怯えてはいないものの目をぱちくりさせるジェシカ。答えられた内容は、衝撃を受けている二人をさらにその渦の中に巻き込んでいく。


「つーかさっきから神父様が仰ってるとか言ってるが、まさか――いるのか? この魔女の空間に? 神の教えの伝道者たる神父が?」


 ありえない、そんな思いがありありと込められた問いかけに、ジェシカはあっさりと「いるよー」と返した。



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