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魔女は契約を継承す  作者: 若槻風亜
腐食の魔女編
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第8話「魔女たちの来訪」⑫


 一階に降りると、応急的に対応してくれたらしいリマが壁に寄り掛かるユリウスの胸に手を当てていた。


「すまないリマ、ありがとう。どういう状況か分かるか?」


 後ろから問うと、リマは形のいい眉を軽く寄せて首を振る。


「分かりません。ただ、朝にニーロ様が注いだと思われる痕跡(こんせき)から考えると、あり得ない速度で減っています」


 代わろう、と声をかけ、リマから場所を譲り受け、ニーロはまだ意識は保っているユリウスの前に膝をついた。その彼を、ユリウスはじろりと睨みつける。


「……おいこらジジイ、てめぇ一日半()つとか言ってなかったか」


 憎まれ口を叩く余裕はまだあるようだ。そのことに逆に安堵し、ニーロは申し訳なさそうに眉を寄せた。


「すまない。保つ、と思っていたんだが――確かに、私が最初に入れた魔力からすると大分減っているな。食事を摂ったことも考慮すると、本当はもう少し早くに切れかけていたのかもしれない」


 ユリウスの胸に手を当て、先程よりも多めに魔力を注ぎ、まずは先程と同じ量で一度供給を留める。そのまま魔力の状態を観察していると、注いだ魔力は予想されていたより三倍は早く減っていた。


 後ろで同じことを見ていたアレッタは「ありゃりゃ、穴の開いた袋みたいになってるじゃないか」と驚いた様子を見せている。


「過去の魔法人形の観察記録にこんな結果は出ていなかったと思ったが……人間のサイズだと消費が激しいのか……? それとも魔道具の方に問題でもあったか――」


 原因を考えていると、顔の脇から杖が差し込まれた。先程ニーロに突き付けられた部分とは真逆の、丸い石が付いている上先端だ。


 それがユリウスの胸にトンと当てられると、石から白い光が溢れる。その途端、観察していたユリウスの内部にある魔力が一瞬で大きく膨れ上がった。


 最初にニーロが入れた量のおよそ100倍が瞬きほどの間で注ぎ込まれた衝撃は、他の誰より当人が感じ取っているようだ。自身の内部の変化にすぐさま気付いたユリウスがぎょっとした様子を見せる中、杖はふいと持ち上げられ元の通り補助へと変わる。


「おや、入れすぎたかねぇ? 魔力の微調整は何年魔女やってても慣れないよ」


 ぽりぽりと頭を掻いてソフィは困ったような顔をした。ともすれば魔力量を謙遜する言葉にも聞こえるが、実は謙遜などではなく、真実魔力の微調整が出来ていないのだ。


 膨大な魔力の「おかげ」と言えばいいのか「せい」と言えばいいのか、彼女は大掛かりな魔法については非常に優秀なのだが、細々とした魔法だと微調整が利かずに失敗(今のように入れすぎたり、など)することが多い。これについては、血縁者(アレッタ)曰く「人が思ってるより大雑把な性格してるから」だそうだ。


「ニーロ様、これはユリウス君もさっき言ってた魔道具つけた方がいいかもね。マヤに合いそうなやつ訊いて、うちのに服と一緒に持ってこさせるよ」


 先の服の話もしっかり覚えていたようだ。ニーロが「頼む」と答えユリウスが複雑な顔で黙っていると、隣に来たファーラが頭を思い切り押して無理やり頭を下げさせる。


「すみませんアレッタ様。よろしくお願いしますですよ」


「クソガキてめぇ離せ!」


「お前のことなのにお前がお礼言わなくてどうするですか! 命令した方が出来るならそうするですよ!」


「服がねぇのも魔力が不足してんのも俺のせいじゃねぇだろうが!」


「お前のせいじゃなくてもお前のためにわざわざ気を遣って行動してくれてるですよ! お礼言うのが筋です!」


 ぎゃあぎゃあとファーラとユリウスが言い争う中、騒動の輪から一歩下がった場所では、ブリジットとリマが状況を見守っていた。


 しばらくの間二人の間に横たわっていた沈黙を取り除いたのは、小声で声をかけてきたブリジットだ。


「リマさん、ごめんなさいさっき、動けなくて」


 ブリジットが謝ったのは、ユリウスが倒れかけた時のこと。


 崩れるように膝をついたユリウスの名を、ファーラが驚きと共に叫んだ。ブリジットとリマは同時にそれに気付いたが、動いたのはリマだけだった。


「――あの、私」


 動けなかった理由を説明しようとすると、一本立てられた指がブリジットの唇をふさぐ。


「まだ、仕方ありません。気にしないで大丈夫です」


 どうやらリマは、ブリジットが動けなかった理由 が魔女裁判からまだ時が経っていないからだ、と判断したようだ。


 表情は変わらないが、年長者の確かな優しさを感じ、表情を少し緩めたブリジットはもう一度小さく謝った。


 ――絶対に口に出せない〝本当の理由〟を、胸の奥に飲み落として――。


 それから少しして、ソフィとリマは出したままにしていた扉をくぐって元居た場所へ戻り、それを見送ったアレッタはまたも扉を出現させる。


「アレッタ様は、空間移動の時に扉を出すのですね」


 見送るために控えていたブリジットが何ともなしに感想を口にすると、アレッタは眉を八の字にして「そうだね」と笑った。


「私どうも空間同士を切り開いてつなげて、っていうイメージつけられなくてね。ニーロ様に習った時、イメージを掴むためにって扉を出して練習してたら、これが癖ついちゃったんだ。それ以来こんな移動の仕方。だから魔女の空間から出る時はこの子たちに周囲の見張りしてもらってるくらいだよ」


 指先で撫でられた小鳥が「もっと」と言わんばかりに体を摺り寄せると、他の小鳥たちもこぞってアレッタの指先に群がり始める。くすぐったそうに笑うアレッタに、ブリジットも釣られたように笑ってしまった。


「ちなみに、お父さんを見てると勘違いしそうになりますが、実は空間魔法って凄く難しい部類の魔法なんですよ。場所の把握が必要なので、本来自分が知らない所には行けない、もしくは行けても出る場所に失敗しやすいんです。知らない場所にぽんぽんつなげて移動出来るのはお父さんか影の魔女様ぐらいですね。それ以外の魔女様は、大体行きたい場所に先に目印をつけて、そこにつなげるようにしてます」


 ファーラに補足され、彼女の言葉通り空間魔法が魔女たちにとって簡単なものだと思っていたブリジットは意外そうに目を丸くする。最初にブリジットが目にした魔法であり、どの魔女たちも使用しているのが、さらにその誤解に拍車をかけていた。


 だが、ブリジットは不意に思い出す。グレースの空間で喧嘩した少女――サラが、「状態が固定される魔法は一度作った後は魔力を注いでいれば半永久的に使える」と教えてくれた。つまり、魔女たちは毎日空間魔法を使っているのではないということだ。


「そういう時にもこの子たちは役に立つんだよね。あ、ちなみに私の得意な魔法は伝達、記録、探知、保存だよ。派手じゃないけどどれもお役立ち魔法さ」


 ぐっと親指を立てられ、「それはなるべくしてなった得意魔法だな」とブリジットは苦笑する。伝達から探知までは彼女の仕事に役に立つし、保存は恐らくサバイバル経験からだろう。先程も、ファーラがリマに持たせた弁当と食糧に保存の魔法をかけていた。


「じゃ、私は一旦自分の空間に帰るね。お邪魔しました」


 爽やかな笑顔で手を振って、アレッタは先のそれと同じ形状の扉の向こうに消えていく。


 扉が閉まる直前、アレッタの向こうから鬼の形相の少女が彼女に飛び掛かってきて、思わず悲鳴を上げかけた。だが、それが形になる前に扉はすぅと消え去ってしまう。


「ファ、ファーラちゃん、今のは……?」


 解説を求めて問いかけると、ファーラは頬を掻きながら笑った。


「アレッタ様のお弟子さんです。決して襲撃者ではないので安心してください。僕と違った意味で口が悪い方ですが、面倒見がよくて優しい方ですよ。ただ、アレッタ様が連絡もなくいなくなると、あんな感じになります」


 しばらく帰っていないと言っていたので、多分それが逆鱗(げきりん)に触れたのだろう、とファーラは予測を教えてくれた。


 色んな師弟がいるようだ。ブリジットは冷や汗を垂らして笑みの端を歪める。



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