第8話「魔女たちの来訪」⑪
この部屋に来た時の硬い表情から一変、にこにことしたアレッタが手を差し伸べてきた。微笑み返したニーロはそれを掴み、引かれるままに立ち上がる。
「魔力に不安がある者は、マヤから魔力貯蔵の魔道具を貰うように、とも伝えてくれ。一昨年辺りに小型化出来ないかと、いくつも作っていた記憶がある」
「あー、やってたやってた。ちょうどローレンス君が別件で駆り出されていない時だったから、止める人いなくて倒れちゃった時だよね?」
魔道具の魔女マヤ・オルミは、「生きる中最も大事にしているのが魔道具の開発・研究だ」と言っても誰も否定しないほどにそれに心血を注いでいる。その様は、必死になっている、というより、夢中になっている、という方が正しいだろう。
本人に無理をしているつもりが全くないので、心より先に体が参ってしまい倒れることが昔から何度もあった。件の時期は、抑止力が来て大分減った頃だったので、周りも油断していたのだ。
「分かった、じゃあそれも書いておくよ」
「ああ、手間をかけるが、任せる」
「おっけー。あ、でもさ」
満面の笑みで親指を立てたアレッタは、しかしすぐに何かを思い出したように眉根を曇らせる。どうしたのか、と視線で問えば、「まだ私もちゃんと確認したわけじゃないんだけど」と前置きをして重い言葉を吐き出した。
「朝さ、ユリウス君を殺そうとした執行人を、逆にユリウス君が殺したって言ってたじゃない? 死体が転がってたらホバソの町の人たちもびっくりするよな、と思って、ばあ様が起きるまでの間に鳥を飛ばして確認してみたんだよ。そしたら、なかったんだ、死体」
告げられた言葉にニーロは眉をひそめる。あの時、ニーロがイグナシアたちとファーラを迎えにホバソの町に向かった際、確かに件の執行人――コンラッドは死んでいた。あの時はもうひとりの執行人・リーヌスの処遇をどうするかでいっぱいだったので、死体を片付ける余裕はニーロ達にはなかった。であるならば――。
「エディータが片付けたのではないのか?」
リーヌスの処遇を引き受けたのは忘却の魔女・エディータだ。リーヌスを連れて行くのと同時にコンラッドの死体も片付けたとしてもおかしくはない。だが、アレッタは一瞬の躊躇もなく首を振る。
「ごめん言い方が悪かったね。違うんだ。確かに、死体そのものはなかった。でも、元人間の死体だったろう残骸があったんだ。ぐっちゃぐちゃに腐って溶けたやつがね。――エディータ様は、こういうのしないだろ?」
問われ、ニーロは頷くしかなかった。エディータは口が悪く偽悪的に振る舞うが、いたずらに人を傷付けることはしない。まして、死体を嬲るような真似など以ての外だ。
ならばその状態は、別の魔女が関わっていると思っていいだろう。アレッタに改めて視線を向けると、彼女はすでに対象の人物を特定しているらしく、苦い笑みを浮かべた。
「……ちゃんと、魔力の痕跡を辿ったよ。シーラだ」
シーラ。告げられた名前に、ニーロは頭を抱える。死体が腐っていた、という時点で予想していた人物が的中したが、当たったと喜ぶ気にはなれない。それ以上に、彼の人物の精神状態が思われた。
「シーラはねぇ……。ただでさえあんなことがあった後だから心配はしてたんだが、こんなことまでしちまうほど追い詰められてたとは」
ソフィは重い息を長く吐き出す。それにつられるようにニーロとアレッタも難しい顔をした。彼らのみならず多くの魔女や弟子たちが共有する事実を前に、抱く不安は同じだ。
果たして彼女――シーラ・メルネスが、男が関わる事柄に協力するか、と。
シーラは魔女裁判時に起こった悲劇により極端に男という存在を嫌っている。彼女を助けたのがニーロではなく別の魔女、ということもあり、魔女になる前もなった後も、ぶれることなくニーロ否定派だ。
さらに最近、一層彼女の心を折る出来事があったため、その拒絶感は凄まじいまでに上がっていた。それを起因とする〝騒動〟も、ニーロ相手ではないが起こしている。それを思うに、今回のコンラッドの死体に対する所業もその一端だろう。
「……とりあえず、ルチアさんとは会ってるはずだろうし、彼女に説得してもらうよ」
現在のシーラが信頼を寄せる数少ない内の一人の名前に、ニーロは頷くしかなかった。彼女に関して、ニーロに出来ることはない。
話がまとまりかけたその時
「お父さあああああん! ユリウスがまた倒れそうですよーーっ!」
階下からファーラの焦った声が聞こえてくる。その内容にニーロは怪訝な顔をした。朝、ほんの一時間か二時間ほど前に一日半もつぐらいに入れたはずだ。それがこんなにも早くに切れかけるとは。
すぐさまニーロは書斎を出て、その後をアレッタとソフィがそれぞれのスピードで追いかける。
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