第8話「魔女たちの来訪」⑩
「いいかい、あたしもアレッタも空間を組み直すのには賛成なんだよ。魔女の中で、いや、魔女の空間で生きるモンの中で空間を襲撃された経験があるのも、その事態から生き残ったのもあんただけだからね。あんたが言うなら組み直すべきなんだよ。それに実際、あんたは間違いなく今の空間よりも複雑で難解な空間を作り出してくれるだろうしね」
先のアレッタの発言を全て否定するような肯定の態度。しかし、杖で床を強めに打ち付け、ソフィは「けどね」と今度は今の肯定を否定する。
「時期が悪いんだよ、ニーロ。よぉく思い出してごらん? 昨日の月は出ていたかい?」
ただでさえ曲がっている腰をさらに曲げて、ソフィはニーロの顔を覗き込んだ。アレッタが視線を逸らし、ニーロが恐怖を覚えた〝それ〟が――鷹の目のような鋭い眼差しが、真正面からニーロを捕らえて来る。
射竦める瞳に晒され、ニーロはようやく、アレッタの否定とソフィの怒りの意味を理解した。
「……魔力の量、ですか」
月の女神によって与えられた魔力は、満月の夜最高に高まり、新月の夜最低に落ち込む。ユリウスの襲撃が成功したのも、彼の神器の力だけではなく、昨晩が狙いすましたような新月であったからだろう。
魔力は『魔女』の中に宿るものだが、『魔女』自身から生まれるものではない。月の出ている夜に、月光を通し、魂にある器に注がれるものだ。この器の大きさが魔力の量であり、この器が大きいほどに魔力の貯蓄量も多くなる。また、月光からの魔力の吸収量も、器が大きな魔女の方が多いことが言い伝えられ、実際に研究結果として出されていた。
魔法人形ほどではないが、『魔女』の魔力も魔法や魔道具を使わずとも、生きるだけで減っていくものである。そのため、受ける器が小さい者だと、次の夜までの間に貯蓄が尽きることもある。
魔力が強い魔女が新月でも大して影響を受けないのは、この貯蓄量のおかげだ。新たな供給がない新月であっても、それまでの月の夜に大量に貯蓄しているため、それを使用して通常通りの効果を出せるのである。
ニーロは上の下ほどの魔力は持っているが、それでも新月の影響は受けてしまう。そして、新月が明けたばかりの今日はもちろん、月はまだ万全とは言えず、ニーロの魔力もまた万全とは言えない。
空間を組み替えること自体は魔力が少なくとも出来るが、強固な錠前のついた複雑な空間、ということであれば話は別だった。魔力不足は、致命的な欠陥を招きかねない。
指摘されるまでこの事実に気付かなかった自分への情けなさから、ニーロは視線を腹に落とした。そんな彼の前で、ソフィは両膝を折る。その視線はいつもの柔和なものに戻っており、黙って状況を見守っていたアレッタはこっそり安堵の息を吐いた。
「いいかいニーロ、あんたの選択はね、他の誰のそれより、魔女の空間に住まう全ての命に関わる。子供の頃のことを思い出して焦る気持ちも恐れる気持ちも分かるよ。だが、あんたにしか出来ないことだからこそ、誰よりも冷静に、誰よりも慎重になりな。いいね?」
「……はい。申し訳ありません、ソフィ様」
眉尻を下げて情けない顔をするニーロを見たら、きっと娘や弟子たちは驚くことだろう。けれど、「あんたは昔から一回納得すると素直だね」と髪の毛をかき混ぜてくるソフィも、伝えることが使命と豪語するアレッタも、この場でのことを口外するつもりは毛頭ない。
魔女の中でも年長に分類されるニーロが弱音や情けなさを晒せる相手は、今となっては大分少なくなった。その貴重な場所を気軽に奪っていいとは、彼女たちはどちらも思っていない。
「それじゃあ、空間の組み換えは次の満月の夜にするとしよう。アレッタ、あんたはすぐに自分の空間に帰って号外を作りな。追憶の魔女ソフィ・アレオンの名の元に、空間の魔女ニーロ・リッドソンに全空間の再構築を要請。全魔女は自分と自分の弟子と居住人たちを守るために、魔力を提供すること。そのために、次の満月まではなるべく魔力を温存しておくように、ってね。ああ、先にグレースと記録の魔女と忘却の魔女にも協力するって言質取ってきな。あたしよりそっちの方の言うこと聞くのも多いからね。――まったく、こんな時にマクダレーナもフェーベも何をしてるんだか……」
指示され、アレッタは「りょーかい」とウィンクと共に親指をぐっと上げる。言葉の終わりに独り言のように呟かれた二人の人物――ソフィの友人にして行方不明となっている魔女たちの名前は、聞かなかったことにした。この祖母は存外に、感傷を気遣われることを嫌う。
そのやり取りの横で、座り込んだままのニーロは昨晩の襲撃から張り詰め続けていた心の糸が緩んだような安心感を覚えた。
魔女たちが長老と仰ぐソフィが命じ、現三大魔女と呼ばれるグレース、アマリア、エディータが協力を表明したとあれば、恐らくほぼ全ての魔女が応じて動くだろう。ニーロがひとりでやるより、ニーロが声をかけるより、それは確かな結果につながる。
そう考えた瞬間、自分が本当に落ち着いていなかったことを、ニーロは心の底から自覚した。こんなことではまたファーラに怒られてしまうな、と自嘲気味な笑みが自然と浮かぶ。
「あと何か必要ある? ニーロ様」




