第8話「魔女たちの来訪」⑨
ファーラたちが用意してくれた朝食を取り終わると、ファーラとユリウスは片付けを始め、ブリジットとリマは先の約束通り会話に興じる。そして魔女たちは、場所を移してニーロの書斎に集まった。
「さてニーロ様。朝の話の続きだ」
窓際に立ち、アレッタが声音を固くする。じっと見据えてくる銀色の視線は話を逸らすことを決して許さない、と伝えてきた。
「説明が足りない、と言っていたか? 要点は説明してあると思ったが――何が足りなかった?」
言葉通り必要なことは伝えたと確信しているニーロの反応に、アレッタはガシガシと短い銀髪をかき混ぜる。舌打ちしそうな雰囲気はお付きの鳥たちにも伝わっているようで、袋や本棚からは心配そうな視線が彼女に送られていた。
「あのねニーロ様!? 要点だけで必要なこと伝えきる能力って大事だと思うよ? 新聞で一番大事なことだからね。それは分かるよ。実際に理由については理解は出来た」
そう、アレッタは、彼がしようとしていることの「理由」は朝の説明で確かに理解している。だが。
「でもさ、納得は出来ない。これ新聞レベルの話じゃないよね? ニーロ様だけじゃなくて、魔女の空間で生きる全員に関わる話だよね? そんなのをひとりでやろうとか、正直どうかと思うよ」
普段飄々としている様子からは考えにくいほど、今の彼女は怒りを露わにしていた。アレッタはニーロに対して好意的な魔女だ。肯定派か否定派かと本人に問えば「肯定派だ」とすぐさま答えるくらいにはニーロを親しく思っている。
けれど、そんな彼女が言葉を確かに否定するほど、ニーロがやろうとしていることは彼らしくないほど勝手なことだった。
「普通やらないでしょ? 今日中に魔女の空間全てを作り直す、なんて」
苦虫を噛み潰したような顔で、アレッタは硬い声を絞り出す。
ニーロが行おうとしていること。それは、昨晩のユリウスの侵入を受けてから考えていた教会対策。そう、魔女たちが住まう全ての空間の造りを変えと、そこに入るための「錠前」を変えること。
かつての魔女たちが作り上げた魔女たちの空間は、44年前、魔女を継いだばかりのニーロによって組み替えられた。その時彼の心を占めていたのは、「これ以上誰も死なせない」という苛烈なほど強い願い。魔女の魔法は強い思い、強い感情に同じ強さで応える 。結果、魔女たちの空間はそれまでとは比較にならないほど複雑な造りに生まれ変わったのだ。
だが、それも教会の執行人が使用する神器――神の奇跡を顕現させる手段――によって破られてしまった。
この事実があるのに、誰もがニーロを焦りすぎだと言う。
それが、ニーロにはとてももどかしい。
大丈夫だと、安心しきっていた場所が襲われる恐怖を、彼女たちの誰もが知らないのだ。脳裏に焼き付く昔日の絶望を思い出し、ニーロは眉根を寄せて表情を強張らせる。
「だがこのまま手をこまねいていて、もしまた襲撃に遭ったら? 私たちが助かったのは、ユリウスがひとりで来ていて、援軍としてイグナシアたちがすぐに来てくれたからだ。これが大軍だったら? 各地の空間に入り込んだら? 誰も助けに行けない。ひとりで対応出来る魔女がどれだけいる? 入って来た時の対処ももちろん大事だ。だが、大前提は魔女の空間に教会の侵入を許さないことだろう」
「それは分かってるよ! でも今日今すぐなんて無理だって言ってるんだ」
「どこが分かっていると? これは早急に対応しなくてはいけない事態だ。私なら空間全てを把握出来る。幼い時よりも複雑に組むことも――!?」
熱くなって声が大きくなり始めた二人の言い合いは、ニーロが突然膝を崩したことで強制的に止められた。膝を崩した原因は、膝の裏に突如走った痛み。床に片足を突く形になったニーロは、痛みの犯人を振り向く。
「……ソフィ様……孫を怒鳴られて気分が悪いのは分かりますが、やり方というものが――っ!」
非難を込めた言葉は、目前に突き付けられた杖の下先端によって途中で飲み込まされた。つい先程まで言い争っていたアレッタも、顔を青くして直立になる。
(うわぁ、怖い時のばあ様だ……)
直視出来ずに、普段不遜な来姪孫すら視線を全く別の方へと泳がせた。
「子供の喧嘩に口ぃ出すほど落ちぶれちゃいないよ。あたしが怒ってるのはねニーロ、あんたが冷静になれていないことについてだ」
杖が再び床に降りる。床に座り込む形になったニーロは、開いた視界に写る〝それ〟にぞっと背筋を冷やした。




