第8話「魔女たちの来訪」⑧
「五人。今行方不明になっている魔女がいるんだ。一部の人間しか居場所を知らない、って意味ならもう少しいるけど、完全に誰も消息を掴んでない方が五人いる。その内の二人 が、さっき話してた100歳を超えるって魔女様たちなんだ。魔力が強い方達だけど、それだっていつ切れるか分からない。契約の継承だって心配だけど、何より、誰も知らない所で亡くなるなんて、そんな寂しいことになってほしくないんだよ。弟子の人たちだって、みんな心配してる」
まだ死んでいない、という確証が持てるのもこのルーツブックのおかげだ、とニーロが補足した。ルーツブックに一度でも記録された魔女は命が続く限りこの本に線を刻み続ける。
これは魔女の魂および魔力に反応するためで、継承されずにこれが途切れることはイコール死亡、という判断なのだ。
この仕組みから行方不明の魔女たちを追えないか、と何人もの魔女が色々と試みてきたが、残念ながら全てが徒労に終わっている。
じっと本の線を見下ろし、ブリジットは複雑な顔をして自分の指を組み合わせた。見知らぬ魔女たちが無事であることを、魔女たちの守護神である月の女神に静かに祈る。
しん、となる室内。
それを壊すように、廊下から騒がしい足音が近付いてきた。ややあって、リビングの扉が開け放たれる。
「おい! この家こんな趣味悪い服しかねぇのかよ」
不満を隠さずに入って来たのは、着替えに行っていたユリウスだ。
身に着けているのはタートルネックでノースリーブの黒のインナーに、幅の広い肩紐が必要なほど肩が出る広く襟ぐりの開いた白の半袖。
下に履いているのは細いシルエットの黒いズボンだ。どこか女性的な印象があり、がっしり、とまではいかないが、鍛えているのが見て取れるユリウスが着ると微妙に違和感があった。
「ああ、その趣味はアレクシスのかな? 私はその服も悪くないと思うけど、良ければ私の所の居住人の誰かに用意させようか? どういうのがいいか教えてくれたら、そんな感じの持ってきてくれるよ」
椅子に座ったまま体ごと振り返ったアレッタが好意的に声をかける。
朝にした説明で彼が執行人であることはもう知っているが、同時にファーラの魔法人形であることも知っているので、その態度はこれまでユリウスが会ってきた魔女たちの誰よりも穏やかだった。
しかし、だからこそユリウスは警戒した様子を見せる。何を企んでやがる、と疑いの視線を向けられるが、アレッタは「野良猫みたいな顔するなぁ」と軽く受け流した。
「ユリウス来たですか? だったらとっとと手伝えですよ」
声を聞きつけたファーラが野菜と包丁を手に持ったままキッチンから顔を出す。舌打ちして返事をしたユリウスは、大きく両手を広げて大げさに肩を竦めた。
「へーへー。ったく、何で食えもしない飯の準備わざわざ手伝わなきゃならねーんだかな」
「は? 誰もあげないなんて――ああ、大丈夫ですよユリウス。魔法人形でもご飯食べられます」
いきなり悪態づかれて眉をしかめかけたファーラだが、その発言の真意に気付き彼の勘違いを正す。予測は正しかったらしく、ユリウスは意外そうに「は?」と声を漏らして軽く目を見開いた。
知らなかった――もとい、気付かなかったのか、と遅れて気付いた魔女たちがそれぞれ補足してくる。
「魔法人形はあくまで肉の体を人形体に変換したものだ。存在の性質こそ、魔力を原動力に動くものに変わっているが、生物としての本質は変わらない。食事もするし排泄もするし睡眠もとる。まあ、排泄物は魔力を吸収しきった残滓なので、通常の生き物が出すそれとは明確には違うのだが」
「そうそう。内臓は普通の人間とは機能が変わっているし種類もぐっと減っているそうだよ。私もどの臓器がどういうもの、とかは知らないけど、普通の人間の内臓は複雑な機能があるじゃないか? でも魔法人形の場合は、口から補給したものを魔力に変換する機能、そこまで送り込む機能、魔力の搾りかすを排出する機能、魔力を全身に循環させる機能、呼吸機能、とか、まあその辺りぐらいしか必要ないからその分しか内臓しかないんだ。毒なんかもまあ魔力に変換出来るけど、時間がかかるし苦しむって研究結果が出てるからね。大丈夫だなんて過信せず、得体のしれないものは口にしないようにするんだよ、ユリウス君」
「多分今何も感じてないのは、坊主がまだ体に慣れていないから空腹や尿意なんかが表れてないんだろうね。食事を一度でもすれば体が慣れると思うよ。ふっふっふっ、危なかったねぇ坊主? 下手するとその辺りで漏らしてたかもしれないよ」
次々に明らかになる事実は教えられていないことばかりで、未だに自分の体が理解しきれないユリウスは眉を歪めて嫌そうな顔をした。嫌な顔をしたのはソフィが面白がって口にした内容も原因のひとつにあがるわけだが、それは敢えて言わなくても全員察しがついている。
「ほら、納得したならとっとと手伝うですよ」
改めて呼ばれ、ユリウスは今度こそ素直に、しかしニーロ達の横は警戒して通り過ぎ、言われたとおりにキッチンに入っていった。




