第8話「魔女たちの来訪」⑦
アレッタが40代だったことも驚きだが、魔女(および、魔力を持つ全ての女性)は魔力が強いほど老化が遅くなる。
それに加え彼女が顔立ちの幼い――いわゆる童顔なのも助け、アレッタの見た目と実年齢が合わないことには、ブリジットはそれほどの衝撃を受けていない。これはグレースという、実年齢が90超えにも関わらず、見た目が30代という規格外の前例を見た後だから、というのもあるだろう。
だが、それをもってしても、アレッタがソフィのひ孫の孫世代という事実は、衝撃しかブリジットに与えてくれない。その疑問と衝撃を湛える双眸に、ニーロは気負わずに頷く。
「ソフィ様は今年御年162歳だ。今生きている魔女の中で100歳を超えてらっしゃる方は三人いるが、ソフィ様はその中でも最年長で、魔女たちからは長老の扱いを受けている。本人は『長く生きているだけだ』と仰っているが、魔女になってから多くの功績を挙げ続けている方だ。しっかり敬いなさい」
それはアレッタが冗談で言った「リマと仲良くしておいた方がいい」という言葉に対する一応の釘差しだった。
だが、ブリジットはそれとは気付かない。気付けるだけの冷静さを完全に失っていたから。グレースがすでに規格外だと思っていたが、それ以上の規格外が存在していた事実は、ブリジットを衝撃の嵐に引きずり込んで離さない。
「おやめよニーロ。尊敬なんてのは人に言われてするもんじゃないよ」
聞こえていたソフィが眉を少し歪めて馬鹿らしいものを見る顔をする。事実です、とニーロが譲らない様子を見せると、困った子だよと溜息をついた。
「あたしは自分が知りたいと思ったことを調べて動き回ってるだけだよ。それで分かったことをあんたら若い魔女に伝えてるってだけだ。何か面白いことがあったら人に話したくなるだろう? そんなもんだよ、あたしのは」
「ですがその知識は魔女たちにとって失われたものだ。後世に知識を引き継ぐのは重要なことです」
真正面から真っ直ぐに、ニーロはソフィの目を見据える。自らが言葉にしたことが間違っていないと信じて疑わないニーロに、ソフィは先程より長い溜息と共に天井を仰ぎ見た。
「ナージャにそっくりだよあんたは本当に。自分の信じたことに馬鹿なくらい真っ直ぐだ」
ナージャ――ニーロの師であり、ニーロが幼少期の頃に執行人に空間を襲われ亡くなってしまった茨の魔女。
彼女への尊敬が今なお揺らがないニーロは、呆れて口にされた言葉であるにも関わらず、柔らかい笑みを浮かべ「光栄です」と答える。やってられない、と言わんばかりにソフィは苦笑して紅茶を一気に仰ぎ飲んだ。
「あ、あの、ソフィ様。お伺いしたいのですが」
ソフィが紅茶を飲み終わるのを待ってブリジットが声をかける。何だい、と首を傾げる。
「ソフィ様の追憶という冠名は、これまでにお話にあった『失われた記録』というものを探し出しているから、なのでしょうか?」
予測を交えた問いかけに「そうだよ」と肯定を返したのはアレッタだった。
「ばあ様が探してるのはね、記録の魔女で言うところの、初代から二代目までの記録なんだ。千代の綴りは三代目の記録の魔女が作った魔道具だろう? だから、彼女からの記録はばっちり残ってるんだけど、いわゆる神代の頃の魔女たちの記録は残ってないんだ」
アレッタは右手の指を一本、左手の指を二本立てて見せる。ただの数字ならば「最も小さい数」だが、始まりを示す数とあれば、その偉大さ桁違いだ。
「けれど、千代の綴りの冒頭には『三代目記録の魔女がここに示す』って書かれてるから、記録の魔女が前に二代いたのは間違いないんだよね。ばあ様はさ、それを探してるの。実際、あちこちでちらほら見つけてはいるんだよ? でもね、決定的な記録は未だに見つかってないんだ」
消失したってことはないと思うんだけどね~、とアレッタは溜息を吐いて紅茶を飲む。
話を聞いていたブリジットは、比較的短い説明の中に込められた壮大さにぽかんとした。
女神から魔力を授けられた、という話はすでに聞いているし、もちろん覚えている。だが、今の今までブリジットはそれを現実の話と認識していなかった。文字通り、神話の中の物語だと、自然とそう思っていたのだ。
だが、そうなのだ。魔女も、魔法も、現実なのだ。ならば女神だって、女神に魔力を与えられた最初の魔女たちだって、現実だ。
「あとね、ばあ様は魔女たちの系譜も作ってるんだよ。ばあ様、ほら、見せてやりなよ」
思い出したように胸の前で掌を打ち合わせ、アレッタはソフィの肩を揺する。仕方ないねぇと言いつつ、せがまれたソフィも嬉しそうにそそくさとローブの内側に手を差し入れた。
次にそこから出されたのは、ローブの内側にあったとは思えないサイズの一冊の本。ブリジットの顔が二つ並んでも隠れてしまいそうだ。
一瞬ぎょっとしたブリジットだが、あのローブの内側に魔道具・無限空間袋の亜種でも縫い付けられているのだろうと判断し、すぐに落ち着く。専用の空間につながる魔道具は収納口に縮小・拡大の魔法が編まれているらしく、明らかに出し入れ不可能なサイズまで対応出来るそうだ。
「えっと、こちらは?」
千代の綴りに少し似ている。テーブルに背表紙を上にして置かれた本を眺めながらブリジットが尋ねると、ソフィはそれの中ほどのページを開いた。
ページの左端には文字が縦にいくつも並んでおり、そこから横に向けて水平に直線が引かれている。中には途中で文字が入り切り替わっている部分もあった。
「これは魔道具『ルーツブック』。あたしが作ったもんでね、今アレッタが言った通り、魔女の系譜を示すもんだ。ようするに、誰から誰に魔女が受け継がれたか、っていうのを示すもんだね。たとえばニーロだったらここだね。ここでナージャと切り替わってる」
数ページ前に戻ってソフィが指差した先には、確かにニーロの名前が書かれており、その下に日付が書かれている。切り替わる前の直線を辿ると、ページの端にはナージャの名前が書かれていた。
どうやら、この文字は魔女たちの名前で、魔女が継承された時点で弟子の名前に切り替わっているようだ。
「元々、これを完成させたくて初代たちの記録を探してるようなもんなんだよ。途中で継承出来ないまま死んじまった魔女や、行方不明になってる魔女もいるから、三代目以降も空白の部分が多いんだけどね」
本当は縦に50並ぶはずなんだよ 、と白い石がはめられた金色のアームの指輪を付けた人差し指がページを叩く。同じ手の親指と中指にもアームの色の濃さが違う指輪がつけられており、それぞれミントブルー・黒の石がはめ込まれていた。
魔力を感じた気がして思わずそちらを向いてしまったブリジットだが、すぐに視線をページに戻す。なるほど、並んだ名前の下部には何人分かの空白が空いていた。
「……継承が途絶えている契約も、あるんですか……?」
魔女たちにとって、この継承がどれだけ重要なものか。
まだまだ新参のブリジットだが、それだけは理解出来ている。神妙な顔つきで呟く彼女に、ソフィは「残念ながらね」とページをまた数枚めくった。
「あたしが知る限りでも、すでに三人分は契約の継承が途絶えちまってる。……下手すると、その内また増えそうで怖くてねぇ」
これまでとは違う、本当に重い溜息。どういう意味か聞きづらそうにしていると、アレッタが左手をぱっと広げる。




