第8話「魔女たちの来訪」⑤
「さて、本題は食事の後にでもさせてもらうとして、せっかく噂の初弟子ちゃんと顔合わせたんだ。別のことから話そうか」
乗り込んできた時の焦りと怒りはどこへやら、アレッタはにこにこしながら肩に乗る小鳥を指先で撫でる。
「あの、噂、というのは、やはり私がお師匠様の弟子になった日のことでしょうか……?」
恐る恐るブリジットが尋ねると、アレッタはにっと歯を見せて笑った。こういう表情をするとどこか男性っぽさがある。
「それもあるね。ちなみに、ばあ様は本読むのに夢中になってたけど、私はそれ参加してたよ。君が床思いきり蹴ってみんなを黙らせた時は『いいネタ来た!』とか思っちゃったな―」
それは、ブリジットがニーロの弟子となることを決めた夜のこと。魔女たちにその旨を知らせるため、ニーロは通信の小部屋にブリジット(と見学すると聞かなかったファーラ)を連れて行き簡易の魔女会議を開催した。
その時、会議は「男の魔女が弟子を取る」という事態の可否で荒れたのだ。
ニーロ肯定派と否定派で言い争いが起こる中、早々に我慢の限界を迎えたブリジットは、その場で床を蹴りつけ、大きな音を立てて喧騒を止めた。
この行動をブリジットは直後から大いに反省しており、最も新しい苦い記憶として、今なお思い出すたび悶絶しそうになる。今もまた、例外ではなかった。
「そっ、その節は大変失礼しました! 見苦しい姿をお見せしましたこと重々反省しております」
椅子を倒しかねない勢いで立ち上がり、ブリジットは思い切り頭を下げる。アレッタは「気にしてないって」と手を振って落ち着くように促してきた。
「気持ちは分かるからね。私だって師匠 が馬鹿にされたら嫌だし、怒るさ。ニーロ様否定派もその気持ちは分かるんだろうけど、彼女たちは男憎しが先行しちゃってるからな。ニーロ様の気持ちも君の気持ちも、二の次になっちゃうんだよね」
気持ちは分かる、と、ブリジットは頭では否定派の者たちの心境に対してそう思える。
魔女、あるいは魔女の空間に住まう女性の多くは、あるいは慣習で、あるいは突然、魔女裁判を受け、結果『魔女』であると認定されてしまった者たちだ。
魔女狩りと称される処刑を幸運にも免れた者たちだが、世界が一気にひっくり返るような衝撃は簡単に抜けるものではない。たとえその幸運を与えてくれた相手だろうと、男、というだけで、恩人を恨むようになるほどに、それは根深いものなのだ。
だが、絶望の中で希望をくれたのはニーロではないか、ともブリジットは思っていた。
処刑から逃げ出し、ひとり逃げていたブリジットを救ってくれたのはニーロで、次の道をブリジットに示してくれたのもニーロだ。他の者たちも同じであるはずなのに、何故それが理解出来ないのか。そのことが、ブリジットは不満であり不快である。
「ニーロとしてじゃなくて『男』として見ちまうのは、ニーロが自分のことを伝えないからってのもあると思うけどねぇ」
砂糖をふんだんに溶かした紅茶を躊躇なく飲み込んでソフィがそう言うと、アレッタは「私もそれは思う」と同意した。
「――功績は自ら語るものではないと心得ています」
ニーロなりの、それは矜持だ。誰かのために何かをしたのであっても、決してそれをひけらかすべきではない。
いや、誰かのためだからこそ自ら進んで口に出すべきではないのだ。そうした瞬間、「誰かのため」は「自分のため」になってしまう。
その有様が、文字通り命を懸けてニーロを救ってくれた師に対し誇れるものだとは、ニーロには到底思えなかった。
「それは立派だけどね、あんたの場合は私的なことも中々喋らないのが余計駄目なんだよ。あんたがいい奴だと思って寄ってきて喋りかけてくる娘たちばかりだろう、あんたのことを認めてるのは。他の娘たちはね、怖いんだよ。自分のことを明かさない、得体のしれないあんたが」
何年も言ってきただろうに、とソフィはまた紅茶を啜る。
思わず反論しかけたブリジットだが、反射で噛みついてはいけない、と以前生命の魔女の空間で彼女の弟子たちと喧嘩をした時に学んだ。
まして、ソフィが意地悪や嫌味で言ったのではないことは、声の雰囲気で分かっていた。
余計なことをして師に迷惑をかける真似はすまい、とブリジットは必死に落ち着くように机の下で両こぶしを握り締める。
唯一そのことに気付いたアレッタは、先日別の魔女が言っていた考察は正しそうだ、 と内心で独り言ちた。
そしてそれを誰にも悟られない内に、手を当てた胸を張る。
「ま、だからこそ私の新聞が活きるんだけどね! 私の記事を読んでニーロ様について考え直したって人、意外に多いんだよ」
役に立つでしょ? と自信満々な顔をされ、ニーロは苦笑しながら「そうだな」と返した。功績は自ら語るものではない、と言ったものの、それはあくまでニーロが自身に課した在り方。他の者がそうすることを否定するつもりはない。こうしてふざけながらの発言なら、なおさらだ。
「あの、とても今更なのですが、お師匠様が毎朝読んでらっしゃる新聞は、アレッタ様が作ってらっしゃるんですか?」
元々家にいた頃も父や兄たちが読んでいたので新聞自体に違和感は覚えていなかった。
だがよく考えれば、刷る者がいなければ新聞は出来上がらない。魔女の空間で新聞を刷る者、また刷る技術があることにブリジットは素直に驚きを浮かべる。
「そうだよ。私と私の弟子たちと、新聞作りたいって集まった男の人たちで。――あれ? 新聞の最後に『私たちが作りました』って集合写真載せてるんだけど見てない? あ、それとも字がまだ読めないのかな? それなら単語帳とかあげるけど」
「あっ、いえ、申し訳ございません。字は読めるのですが、新聞を読む習慣がなくて……次から拝読させていただきます」
ブリジットの父は兄弟たちと同じようにブリジットに文字の読み書きや計算などは学習させてくれたが、それを活かす環境はせいぜい友人たちや子供たちに本を読み聞かせるくらいだった。新聞――世相を知る、ということは、女のブリジットには求められていなかったのだ。
理解したらしいアレッタは「なるほどね」と頷いてから親指をぐっと上げる。




