第8話「魔女たちの来訪」④
全員の視線が自然と集まったのは、特に装飾はされていないシンプルな、アーチ型をした両開きの木の扉。
ブリジットは目を点にし、ユリウスは警戒を露わにし、ファーラはご飯の量増やさなきゃとおかしな方向に気を回し、ニーロは続く騒動に溜息を吐く。
その直後、扉が何故か蹴破られた。
「説明が足りなすぎるよニーロ様!!」
「ええええええっ!?」
「わざわざ扉出して蹴り開けんのかよ!」
少し低めの女性の声と共に飛び込んできた闖入者は、まずは白と黒の羽毛を持つ可愛らしい小鳥――の、集団。そして、目を引く赤を纏った人物。
一見すると青年のようだが、その顔立ちは女性のそれである。そのため、衝撃で叫んだブリジットと思わず指摘してしまったユリウスも、すぐにこの人物の性別を判断した。
背は女性にしては高く、ユリウスよりは小さいがブリジットよりも大きい。それに加え、手足は長く胴は細いため、より一層高身長に見える。
そのすらっとした四肢を包んでいるのはアシンメトリーの白いシャツと、コルセット風の赤いベストだ。膝すぐ下の丈のズボンは濃紺で、その上からはベストと同色のチャップスが履かれている。
足元のブーツの少し厚めのアウトソールは、本来の役目ではない扉を蹴破る行為に大いに役立ったようだ。腰に下げ足に固定している緑と黄色の大きな袋には、まだ飛び立っていない小鳥たちが何匹か顔を出している。
しかしブリジットが真っ先に目を奪われたのは、今朝方ニーロが予想した通り、彼女の銀色の短髪にぽんと乗っている嘴の長い鳥のような印象の帽子だ。きらりと光る丸い目はどうやらゴーグルらしい。頭頂部がないタイプのそれは、金の輪でつないだ赤い布を輪っか状にして留めている造りをしている。
部屋中を縦横無尽に飛び回る小鳥たちは、この帽子のせいでこの女性を主のようにでも扱っているのか。ブリジットはついついそんなことを思ってしまっていた。
「先程のことで文句を言いに来たなら、随分ゆっくりだったな、アレッタ」
皮肉というより素直に疑問を表すニーロに、アレッタと呼ばれた女性は親指を自分の後ろに向ける。
「仕方ないだろ、うちのばあ様は年寄りのくせに朝遅いんだから! 起こすのに時間かかったんだよ」
「うるさいよアレッタ。年寄りがみんな早寝早起きだと思うんじゃない」
「ですが事実です師匠。八時寝五時起きしろとは申しませんが、あまり夜更かしはよくありません」
アレッタが出てきた扉から、さらに別の女性たちが出てきた。
高く軽い音を立てているのは、透明と白が混じった丸い石が付いている杖。その杖を補助代わりにして歩いているのは、すっかり腰の曲がった老婆だ。
丸い眼鏡をかけた皺だらけの顔には柔和な表情が浮かび、その両脇には長い白髪が一掴みずつ垂らされている。後ろの髪は全て首の後ろでまとめられているようで、歩くたびに腰より下で毛先が踊っていた。
同様に、胸ではくすんだ金色の枠で囲まれ小さな紫色の宝石で装飾されたルーペが揺れている。フードのついたローブは暗めの赤紫色で、足元は緑のパンプスが杖と同じような音を立てている。
その後ろからついてきたのは、この国では珍しい褐色の肌をした、アレッタよりも長身――ユリウスと同じほどであろうか――の女性。
双眸は鮮やかな緑。髪はこげ茶色で、前髪は眉の上で切り揃えられており、それ以外の髪は高く結い上げている。髪の結び目は大きな白い鳥の羽で飾られ、首元では逆三角形のトップがついた金色のチョーカーが輝いていた。
上着はインナーも兼ねているらしい赤紅色のショルダーカットトップスで、豊かなバストとヒップを際立たせる細さのウエストが見えるほど丈は短い。下は老婆と揃えているのか、同じデザインの、上着よりも濃い暗赤色のズボンを履いている。
「お、お師匠様、こちらの方々はどちらの魔女様でしょう……?」
もはや魔女であるのは疑いようがない闖入者たちから目を逸らせないままブリジットが尋ねた。ニーロは肩に留まってきた数匹の鳥をそのままに、弟子の隣に立つ。
「すでに新聞に取り上げているからご存知かとは思いますが、一応紹介しておきます。ソフィ様、アレッタ、リマ、私の弟子のブリジットです」
まずは自分の紹介をされ、正気を取り戻したブリジットは居住まいを正し丁寧に頭を下げた。
「お初にお目にかかります、魔女様方。空間の魔女ニーロ・リッドソンの弟子となりましたブリジット・ベルと申します。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
ブリジットが礼を通すと、流石に荒れ狂ったままでいられないと思ったのか、アレッタが手を挙げて軽く手招きをする。
応じて、飛び回っていた鳥たちがアレッタの周りに集合し、あるいは腰の袋の中に入っていった。ニーロの肩に留まっていた数匹は、少々名残惜しそうにしながらも、遅れて同じように戻っていく。
「顔も名前も素性も知ってたけど、直接ははじめまして、ブリジットちゃん。私は伝達の魔女アレッタ・バローだ。こっちのしわがれたばあ様が追憶の魔女ソフィ・アレオンで、こっちの褐色美女がばあ様の弟子のリマ・ネルソン。君が魔女になる頃にはきっと彼女が魔女になってるから、仲良くするならこっちの方がいいよ」
自身の紹介と、共に来た二人の紹介も済ませるアレッタ。含みのない笑顔で付け足された内容に、ブリジットはどう反応すべきかと迷ってしまった。
そうしている内に、ソフィは長い袖で目元を拭うような仕草をする。
「ああ悲しいねぇ。仮にも血縁の娘がそろそろおっ死ぬから次のと仲良くしとけなんて紹介してくるだなんて。拾ってからこっちずーーっと可愛がって来てやったっていうのに」
「12の頃から8年も辺境秘境を連れ回し、他の魔女たちにも紹介せずにいた事実は、可愛がっている、に該当するのでしょうか?」
よよよとソフィが泣き真似をすると、その背後に控えるリマがさらりと問いかけてきた。8年も!? とブリジットは驚きを隠しきれず声を漏らす。
「そうだったかねぇ? 年なもんだから覚えてないねぇ。うっ、ごほごほ」
「まあこういうばあ様だから、適度に相手してやって」
「まだボケてはいませんので、おかしなことを言いだしたらふざけてるんだと思ってください」
本気か冗談か分からない咳をして弱々しい様子を見せたソフィに対し、まるで心配する様子を見せず、笑顔のアレッタと真顔のリマはあくまで冷静だ。
ぽかんとするブリジットに、ニーロは「この三人はこういう面々だ」、と百聞は一見に如かずとばかりに説明を締めてくる。呆気に取られすぎて、そうなんですね、とは素直に言えなかった。
「ソフィ様、アレッタ様、リマさん、起きたばっかりってことはまだご飯食べてらっしゃらないですよね? 僕たちも今からご飯なんです。良ければ召し上がっていきますか? 準備も今からですが……」
話が一段落したタイミングを見計らってファーラが声をかけてくる。訪れた魔女二人と弟子一人は「ありがたい」と表情を緩めた。
「最近ろくな食事にありつけてないから、パンとミルクだけでも嬉しいよ!」
「虫だの爬虫類だのばっかりだったからね」
「人里がないどころか、この季節に果物まで実ってないのは誤算でしたね」
一体この扉の向こうはどこにつながっているのか。リマが入って来た時にきちんと閉じたためすでに向こう側は見えない扉を見つめ、ブリジットは冷や汗を垂らしながらごくりと喉を鳴らす。
一方、素直に喜んでいる様子の来訪者たちの反応にやる気になったファーラは「ではすぐに!」と腕まくりしてキッチンに向かった。
自分も手伝うべきか、と迷ったブリジットだが、当のファーラに「ブリジットさんはお相手をしてください」と留められたのでその場に残ることにする。
代わりに手伝うよう言われたユリウスは、まずは身支度を整えるべくリビングを出ていった。
「では私もファーラさんのお手伝いに行きますね。ブリジットさん、後程ゆっくりお話しいたしましょう」
言うが早いか、リマは長い脚を大きく動かしキッチンに向かう。
「張り切るのはいいけど余計な手は加えるんじゃないよ」
背中にぶつけられた師の言葉に、リマは不本意そうな表情で振り返り「……承知しています」と返事をした。
その姿が消えてから、アレッタは笑いながら「レシピ通りならうまいんだけど、アレンジ加えると途端にひっどいものになるんだよ、リマの料理は」と教えてくれる。
こうしてリビングには、ニーロ、ブリジット、ソフィ、アレッタの四人が残された。
この後のことを考えニーロが継ぎ足しの机と椅子を空間から出している間に、ブリジットは机の上のカップに紅茶を注ぎ、来訪者の魔女二人は机につく。
諸々の準備が終わってから、四人はようやく落ち着いて机で向き合った。




