第8話「魔女たちの来訪」③
軽口の応酬をしていると、斜め上に視線を向けながらファーラが何かを思い出したような様子を見せた。
「昔の記録で、ネズミの魔法人形の性別を変える実験をしていた魔女様がいましたね。確か、人形体の構成式を変えたら成功したってことでしたよ。その時は他のオスと交配させて繁殖させるのにも成功したそうです」
凄いですよねーと同意を求められ、ブリジットは少々引きつった笑みで同意を示す。
その反応と、額に手を当てて溜息をつきそうなニーロ、心底嫌そうな顔をするユリウスの反応を見て、ファーラははてと首を傾げた。
「………………やるなよ?」
嫌そうな顔のままユリウスが釘を差す。
だがそれは蛇足であったらしい。周りの反応の理由に気付いたファーラは、否定するどころかにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「このクソガキ本当にやめろよ!?」
睨みつけられ指を突き付けられ怒鳴られるが、ファーラは怖がる素振りも見せずに腹を抱えて笑い出す。
「あっはっはっは、もし何かオイタしたらやってくれそうな魔女様に交渉行ってくるですよ」
楽し気に笑い続ける様子はふざけているだけにも見えるのだが、彼女の性格上、もしもの時は本当にやりそうだ。
そして恐ろしいことに、ファーラと親しい魔女には「面白い」、あるいは「男相手ならどうでもいい」と言って倫理も尊厳もなく取り掛かりそうな者が数名いる。
もしこれが実行される日が来たら、どれだけニーロは胃を痛めることだろうか。ニーロは耐えていた溜息を吐き出した。隣では「てめぇ娘どうにかしろよ!」とユリウスが叫んでいる。
「……それはともかく、ユリウス、その体についていくつか注意点があるから聞きなさい」
ごほん、と咳払いをしてニーロは話を変えた。俺の話聞いてんのかよと不愉快そうな顔をしたユリウスだが、体については彼自身も知りたいところ。顎をしゃくって続きを促す。
「まず、可能な限り二度目はないようにするが、もし先程のような状態になったら、決して心が壊れないように意識をしっかり保ちなさい。君の様子を見る限り、それも難しい話なのかもれないが、これは絶対だ」
真剣な眼差しを、ニーロはユリウスに向けた。あれを? とばかりに反射のように顔をしかめるユリウスだが、引き続き話を聞く姿勢は崩さない。
「魔法人形は怪我でも病気でも死なないし、普通にしていれば寿命も来ない。だが、核を動かす意思、つまり心が死んだら少しもせずに体の方も死んでしまう。昨日の夜、長期放置され、次に魔力を注がれた際にすぐに死んでしまった鳥の話をしたな? あれは、長い間意識だけの状態で動けずにいた結果、心が壊れてしまったせいだ」
形の違う同胞の末路に、先程の感覚を改めて思い出したのだろうか。ユリウスはぞわりと総身を泡立たせ、苦々しい顔をした。
「それと、魔力の残量にも十分注意を。今はまだ精神的にも、自身の体の変化についていけてないだろうから難しいかもしれないが、慣れれば魔力がどれほどの量残っているか分かるようになるだろう。こちらも気を付けるが、少なくなったら早めに声をかけなさい」
「……分かるようになるもんなのかよ、そんなもん」
胡乱げなものを見るような目で見られ、ニーロはすぐさま頷く。
「君は自身の身の内の≪太陽の力≫を感じ取れただろう? 残念ながら私には出来ないが、理屈としてはそれと同じはずだ」
神話の時代、月の女神が自身の守護する女性たちに与えたものが魔力であり、太陽の男神が男性たちに与えたものがソルである。
成り立ちが同じであれば、感じ取り方も同じはず。残念ながらニーロ自身はソルを感じ取るだけの能力はないのだが、今ユリウスは魔法人形。魔力が重要に関わってくる性質の存在だ。
であれば、恐らく似たような関知の仕方が出来るだろう。推測の域を出ない主張だが、ユリウスは目をつぶり自分の身の内に意識を集中させた。
次に目を開けた時、その眉は分かりやすくしかめられる。
「ソルしか分からねぇ」
やっぱりそうか、と納得するニーロとファーラ。
一方、ブリジットは何かに疑問を抱いて ぴくりと反応するが、それは言葉にならず、誰も彼女の疑問に気付かない。
「まあ、今は大丈夫だ。ただ、大きな動きや、全力での行動をとる時などは気をつけなさい。普段の行動よりも魔力の消費が大きくなるから、魔力が枯渇する速度が速くなる。さあ、とりあえずこのくらいで十分だろう」
言下、ニーロはユリウスから手を離した。そこに自分の手を当て、ユリウスは怪訝な顔をする。
「これで今魔力が満杯な状態ってことか?」
「いや、魔法人形の魔力の容器に上限はない。入れれば入れるだけ入るし、その分長く、あるいは全力で行動できる」
「なら」
「やめておいた方がいい」
もっと入れておけばいいだろう、と言いかけたユリウスの言葉はあっさり否定された。何故、と視線で問われ、ニーロは詳細を説明するべく何もない空間から砂時計を取り出す。
「最大値を決めることは、つまり補給の目安をつけやすくすることだ。たとえばこの砂時計なら3分で全て零れ落ちる。完全に落ちる前にひっくり返すとするなら、2分30秒から50秒ほどでひっくり返せばいいと思えるだろう。砂時計そのもので言うならこの縁の間際に来たら、など」
説明しながら、ニーロは指先を砂時計のくびれより少し上の部分に向けた。それから、上半分を手のひらで隠す。
「だが、たとえばこの上部を隠されたとしたらどうだ? どれほどで落ちるか予測がつかなくなってしまうだろう? 魔力の補給もこれと同じだ。最大値を決めずにその時々に入れられるだけ入れたら、いつ終わるのか分からなくなってしまう」
数度揺らしてから、ニーロは空間に砂時計をしまい入れた。
「少なくとも、君が自分で魔力の残量が分かるようになるまではそのやり方は危険だ。とりあえず今は一日半ほど動ける計算で入れておいた。毎朝補給する形にすれば半日分の余裕があるから、問題はないはずだ。それでいいか?」
分かりやすい説明は、ユリウスを納得させるには十分だったらしい。駄々をこねることもなく、「分かった、それでいい」とあっさり返事をした。
分かってくれたならよかった、とニーロが返したところで、ようやくユリウスの魔力枯渇騒動は一段落を迎える。
「さて、じゃあ改めて朝ごはん作るですかね。ユリウス、お前はとっとと顔洗って着替えてくるですよ。あ、服は執行人の着るんじゃねーですよ。お前が寝てた部屋の、入って右奥の白いタンスにたまに泊まりに来るお兄さん の服あるから、今日はそれ借りとくです」
「へーへー、分かったよ。うるせぇな。つーか言われなくても着られねぇよこんな所で」
ファーラとブリジットがキッチンに戻ろうと踵を返し、ユリウスとニーロがそれぞれ立ち上がろうとした。
その時、次の騒動がやってくる。
それは突然リビングに現れた。




