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魔女は契約を継承す  作者: 若槻風亜
腐食の魔女編
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第8話「魔女たちの来訪」①


 騒動の夜を越えて、夏の朝は早々に訪れる。


 ぱちりと目を開けたニーロは、すぐさま体を起こした。起きていたわけではない。ただ、過敏になっていた神経が、扉を静かに開くささやかな音すら拾ってしまったのだ。


 ベッドから起き出し、玄関正面に当たる東側に面した窓のカーテンをそっと開ける。


「ユリウス……」


 悪意は感じなかった移動の気配。気配の主は、インナーにズボンだけというラフな状態で出てきたユリウスであった。足元が少しふらついている。


 何事だろうか、と眺めていると、ユリウスは昇り来る太陽に向けて両膝をついた。


 そして、少し頭を下げ、頭と胸の辺りに手を持っていく。背中を向けているため、彼が何をしているか正確には分からなかった。


 だが、持ちうる知識から、それが祈りの姿勢であること、その中でも()()()()()()()()()をニーロは察する。


 その胸中に渦巻くものは、きっとニーロには分からないほど複雑なのだろう。ゆっくりとカーテンを元の位置に戻し、ニーロは深いため息と共に天井を仰ぎ見た。


 少しの間執行人の罪深さと娘の罪深さを思って苦い感情を味わってから、今度は短いため息を吐いて机に向かう。


(連絡するにもまだ早いか……。起きている可能性もあるが、しばらくは、考えをまとめておくとしよう)


 二度寝する気分には、なれなかった。 






 三時間後、ニーロは通信の小部屋に足を運ぶ。本当はもう少し早くに向かうつもりだったのだが、真剣に考えこんでいたら気が付いたら時間が経ってしまっていた。少しばかり焦ったが、早すぎて相手が寝ていては申し訳ない、と考え直す。


 今から連絡を取る相手は、〝職業〟柄夜更かしが多い。妙に早い時もあるが、基本的にはゆっくり連絡が取るのが最良だ。


 通信の小部屋に入ると、ニーロはすぐに伝達の水晶の前に座った。


 件の相手は普段決まった空間にはいない。そのため、彼女と連絡を取る時は彼女が肌身離さず持っている小型の伝達の水晶か、伝達の魔法を使用している。


 後者の方法は伝達の魔法が苦手な者には難しい手段だが、ニーロも相手も得意分野なため、特に問題はなかった。


 伝達の水晶に魔力を込めてから二呼吸半。幸いすでに起きていたらしい通信相手は、眠さを感じさせない銀色の双眸で水晶をのぞき込んできた。


 銀色の短髪を潰すように着けられているのは、鳥の顔のような印象の大きなツバ付きゴーグル。


 サイズやデザインもだが、布に赤いものを使用しているので、この狭い視界の中では見慣れているニーロからしてもインパクトが強い。ブリジット辺りが見たらまずそちらに目が行ってしまって顔を覚えられないかもしれない。


『やあ、おはようニーロ様。どうしたんだい?』


 その背後から見える青空のように、からっとした笑顔を浮かべる屈託ない青年――に、見える女性が問う。合わせるように、肩に留まっていたシロエナガがくりんと首を傾げた。


 常時であれば和むその仕草なのだが、今のニーロは反応出来ない。


「おはよう、アレッタ。早速で悪いのだが、全ての魔女たちに伝えてほしいことがある」


 いつもよりも固く真面目な顔をするニーロに、通信の向こうの魔女は笑顔を収め「何を?」と口早に尋ねた。ニーロ肯定派であり、その実績を十分に理解している彼女は、ニーロがこれほど本気で語る内容がただ事ではないことを理解している。


 問われたニーロが昨日の出来事、現在の状況、これからやりたいことを順番に、手早く説明した。


 頭から驚き通しの魔女は、事態についていけずに呆然としてしまう。そのせいで、ニーロの「やりたいこと」を理解したのは、彼が説明を全て終わらせる直前だった。


「ではそういうことだから、各魔女たちに今の話を伝えておいてくれ」


『ちょっ、待っ』


 水晶の向こうで銀髪の魔女が呼び止めようとしたが、ニーロは気付きもせずに通信を切ってしまう。


 そのまま、次にやることを考えながら通信の小部屋を出た。


 廊下を歩いていると、近付いてきたのはぱたぱたと(せわ)しなく、けれど軽い足音。少しもせず廊下の角から顔を覗かせたのは、やや慌てた様子のファーラだった。


「ああ、いたお父さん。ごめんなさい、今起きました。ご飯これから作るからもう少し待っててくださいですよ」


 どうやら珍しく寝坊してしまったらしい。


 とはいえ、ある意味昨日はニーロよりもファーラの方が大変だったのだから、むしろこの時間に起きてこられたなら大したものだ。


 角で止まっていたファーラの頭を「気にしなくていい」と撫でてすれ違う。キッチンに向かう前にニーロを探していただけらしいファーラは、身を翻して軽い足取りで隣に並んできた。


 その時になりようやくニーロは要望すべきことを思い出し、前を向いたまま口を開く。


「今日は私の分は作らなくていい。これから新しい空間の仕組みを考えるから食べている時間が」


「お父さん!」


 ぴしゃりと叱りつけるような――いや、彼女からしたらそのものずばり「叱りつけている」のだろう――声で呼びかけられ、ニーロは思わずその場に止まってしまった。


 ファーラはその前に出て腰に手を当て仁王立ちする。


「睡眠も食事も人間の大事な生存行動です。これを(おろそ)かにしたら、持ってる能力をしっかり出し切るなんて土台無理な話ですよ! とにかくご飯は食べる! 睡眠は取る! もう五十過ぎなんですから、いつまでも若いつもりでいると怪我するですよ」


 容赦ない娘のお叱りは、今のニーロをもってしても正論だ。


 正直に言うなら、正論であろうと、昨晩のように反論を続けたかった。だが、流石に11歳の娘に朝に晩にとそんなことを繰り返していたら、今度は痴呆(ちほう)を疑われかねない《本気・当てつけはともかくとして》。


「……分かった、出来るまではリビングで頭を休めるとしよう」


 最終的にニーロが素直に応じると、ファーラはにっこりと満足げに笑って「じゃあ僕はご飯の準備にとりかかるです」と小走りに駆け出した。


 その後を歩きながら追いかけ、階段にさしかかる。ちょうど上から聞こえてきたのは慌てたような足音。


「ああもう、本当に迷惑あの男!」


 こぼれ出た不満が上から落ちてくると、続けて手櫛で髪を整えながらブリジットが階段を駆け下りてくる。


「ブリジット、階段で走るのは危ないからやめなさい」


「きゃあっ!?」


 階段の脇から声をかけると、降りる途中のブリジットが軽い悲鳴を上げた。どうやら全くニーロの存在に気付いていなかったらしい。


「おっ、お師匠様、おはようございます。……あの、今何か聞こえたりは……?」


 昨晩攻め入ってきたユリウスに対する本音は聞こえた気がする。


「お前が廊下を走る音は十分に響いていたな」


 とはいえ、わざわざ告げてやる必要はないだろう。


 この弟子はまだまだニーロ相手に恐縮しがちだ。ただでさえユリウスのことで彼女には我慢を強いている。中傷にならない程度の愚痴くらいは聞き流してやるべきだろう。


 ニーロの返答にブリジットはあからさまにほっとし、続いて「本当かな」と不安そうな顔をした。


 だが、何度も繰り返し尋ねてくるような娘ではないので、指摘された階段をゆっくり降りて、止まっていたニーロの横に笑顔で並ぶ。


「すっかり寝坊しちゃいました。お師匠様はお早いですね」


「昨日は騒動が続いたからな、仕方ないだろう。私は早起き、というより、寝ていられずに起きたと言った方が正しいな」


 そうなんですか、と青い双眸が疑念をそのまま浮かべて見上げてきた。ファーラほどニーロが無茶をするとは思っていないようだが、かといって昨晩の様子からは両手離しに信用も出来ない、そう思っているのが視線から伺える。


「あっ、そうだ朝ごはんの準備のお手伝い。ごめんなさいお師匠様、廊下をちょっと走るの許してください」


 思い出したように声を上げると、ブリジットは先ほどと同じ慌ただしさで短い廊下を駆けていった。


 先んじて謝るしたたかさはあくまで自然で、ニーロへの遠慮がなくなれば、いずれファーラ並みに色々とニーロに言ってくるようになるかもしれない。


 そんな未来が、頼もしいような怖いような気がして、自然とその口元は緩んでしまう。



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