第7話「新たな住人」②
「いいか、勘違いしてるようだから言っておくがな、俺はコンラッドと回収人の奴らが気に食わなかっただけであって、お前らを認めたわけじゃねぇからな。神に仕える意思も、誇りも、捨てたわけじゃねぇ」
自分の生き死にが魔女たちによって握られていることを、ユリウスは十分に分かっている。それでもこうしてはっきりと自分の意思を口にしたのは、意地であり、なおも捨てられない神に仕える者としての矜持ゆえだ。
一瞬の沈黙の後、イグナシアは鼻で笑う。
「その神様に裏切られた後だってのに、大した忠犬ねぇ?」
皮肉たっぷりの小馬鹿にした口調に、ニーロは彼女の名前を呼んで窘める。一方でユリウスがまた噛みつくのを懸念するが、当のユリウスは真顔でイグナシアを見据えた。
「神は俺を見捨てない。人を見捨てるのはいつでも人だ」
気にくわない。そう眼差しに険を帯びたのは誰だったか 。
この国は多神教であり、人それぞれに信仰する神は違う。それでも共通するのは、皆が最低限の信仰心を持つことだ。
実際、魔女だと断定され魔女狩りに合うまで、ここにいる全ての魔女たちも弟子たちも、それぞれの神を信じ祈りを捧げてきた。
だが、ひとたび悪魔と銘打たれれば話は別だ。
どれだけ信じていようと、どれだけ愛していようと、主神をはじめとする神々は「魔女」を見捨てた。命の淵で、裏切られたと嘆く「魔女」たちが自然と神から離れていくのは実に普通のことだろう。
かつて信じた神を未だに信仰し続ける者が皆無とは言わないが、現在信仰している神は魔女たちの味方である月の女神だけだ、という者の方が圧倒的に多い。
ユリウスも言ってしまえば似たような状況だろうに、それでもこうして言い切れてしまう。それだけ、彼が過ごした孤児院で行われた思想教育は心にも頭にも浸食しているのだろう。
ブリジットの若葉色の眼差しはイグナシア越しに、揺るがない神の狗に注がれた。さらに手に込められた力を感じたが、後ろめたさを覚えるファーラは彼女を見上げることが出来ない。
真正面から意見をぶつけられたイグナシアだが、さして興味はないらしく、「あっそ」と軽く肩を竦める。それから、ファーラに視線を向けた。
「ファーラ、ドリスが心配してるから私そろそろ帰りたいわ。とっとと誓約決めちゃって。そこまでやれば帰って大丈夫でしょ」
手招きされ、ファーラはようやくブリジットの腕から抜け出す。特に気負うことなく歩みを進め、ユリウスの前まで来たファーラは、じぃっとユリウスを見上げた。
「何だよ」
また何かされる、というのは察したユリウスは思わずといった調子で身を引く。ぶつかりそうになったローレンスが反射的に手を挙げてその肩を抑えると、やはり睨まれてしまった。
今のはお前が原因だろう、と思ってしまうローレンス。だが、指摘するとまた噛みつかれるだろうことは分かっていたので、両手を更に高く挙げながらそっと下がる。
まるで手負いの動物を宥めるようなローレンスの表情に、ニーロはそんな場合ではないと思いつつも少し口元を歪ませた。斜め前にいたウィルマが、その表情を見てぴくりと反応したことに気付く者は特にいない。
「うん、とりあえず二つですね」
考えをまとめたファーラは納得したように大きく頷く。小さな手がユリウスに向けられると、ニーロからは「人道的な内容にしなさい」と釘が刺された。
いったい自分は何をされるんだ、とユリウスが身を固くしたのとほぼ同時に、ファーラの口が開かれた。
「『誓約をここに。
ひとつ、魔女の空間にいる者への危害を加えることを禁止。
ひとつ、魔女に関わる話を魔女の空間にいる者以外にすることを禁止。
以上』 」
「誓約」というファーラの言葉に応じるように、ユリウスの胸から光の文字が同心円状に蠢く球体が生じる。それはファーラの言葉が進むごとに文字を増やし光を強め、「以上」と区切られた瞬間、再び胸の中へと消えていった。
「な、何だ、今の……?」
自分の体で起きたことだというのに、ユリウスは今起こったことが理解出来ずに戸惑いを露わにする。胸をさするが、何かがあるわけでもなく、自分の手の熱だけが服越しに伝わるばかりだった。
「魔法人形の特性のひとつですよ。誓約って言って、使用者が命じた内容がお前を動かしている魔道具――魔法人形の心臓ですね、これに刻まれるんです。この誓約はお前の行動を制限する枷となる物なので、今後お前は今の誓約に反する行為は出来ないですよ」
「何だそりゃ、奴隷もいいとこじゃねぇか」
「誓約の内容よく考えろですよ。お前が誰かを傷つける行為をしなければ、気になるような内容じゃないはずです」
反駁したユリウスに、ファーラはさらりと言い返す。
事実、ファーラの命じた誓約は彼女が口にした通り、ユリウスが誰かを傷つけようと思わない限り何の制限も彼に与えない。複雑な顔でユリウスが黙り込むと、ファーラはにやりと笑った。
「ついでに、使用者の命じたことは誓約関係なく絶対なので――『命じる、お座り』」
びしっと指を突き付けられ命じられた内容に、ユリウスは「ふざけんな」とファーラを睨みつける。
だが、その言下に彼はファーラの前に跪いた。自分の意思でないことは、その驚愕した表情から見て取れる。




