幕間「とある少女の慟哭」②
【※ 注意 ※】
このエピソードは全体的に暴力的で残虐なシーンが含まれております。
苦手な方はこの話を飛ばして次の話へ進んでください。
【概要】
とある村では子供が10歳になる年に「魔女帰し」と呼ばれる儀式を行う。
本来はただの形式的な儀式で、本番はその後の祭り。
しかし、とある少女に反応が出てしまった。
少女は「村に忍び込んだ魔女」として、少女の母たちは少女を庇ったことで「魔女の手先」として、父をはじめとした男たちに酷い扱いを受け、母たちは帰らぬ人に。
やがて村の外の処刑場に連れていかれた少女だが、偶然にも馬車が崖下に落下。
そのまま死ぬのを待つだけだと思っていたところで、見慣れぬ老女――魔女に、救われた。
集会場から出ると、ざわめきが耳についた。たくさんの人の気配に、少女は震えあがり、地面を見つめたまま立ち止まってしまう。
すると、前を歩いていた父が立ち止まり、少女の髪を鷲掴み乱暴に顔を上げさせた。途端に視界が村人たちに埋め尽くされる。
しかし、そこにいるのは老若を問わない男たちのみ。
縋る相手を無意識に探していた少女は、魔女は死ぬ時近くにいる女を次のターゲットにする、と教えられたことを思い出した。
視界を埋める限りの男、男、男。
誰もが少女よりも強く、大きい。
恐怖に震えが大きくなる中、父が掴んだままの髪を引いて無理やり少女の顔を上げさせる。ぶちぶちと音を立てて髪が抜ける痛みと衝撃が走る肩にまた涙がこぼれるが、父は当たり前のように気にしない。それどころか、怒りと悲しみで濡れた双眸で、少女を睨み下ろした。
「見ろ、悪魔め。お前が魂を汚し僕とした俺の家族の姿を」
力任せに放られるようにとある方向を向けられる。そうして視界に映った『それ』に、少女は目を見開いた。
太い木の柱に裸で括り付けられているのは、三つの肉塊。
あちこちが切られ血が流れている。全身にいくつもの青あざが出来ている。骨が肉を突き破っている。
一番小さな肉塊は汚物ですっかり汚れている。
中くらいの肉塊は美しかった顔が膨れ上がって判別が出来なくなっている。
一番大きな肉塊は乳房が切り落とされている。
見る影もない。見る影もない。見る影もない。
けれど少女は分かってしまった。並ぶ肉塊が誰だったのか。
咄嗟にそちらに走り出そうとするが、縄を引かれたままのためそれもままならない。
前に行こうとする力と、父が引き戻そうとする力で、全身がひどく痛んだ。けれど、少女はもはや自分の痛みなど気にしていられなかった。
「ヴ、ア……アア゛゛……ア……ッ! アア……アア゛゛ア……アア゛゛アア゛゛アア゛゛アア゛゛ッ!」
ようやく音になった呻き声は喉をひどく痛める。それでも、言葉になり切れなかった声は次から次へと少女の喉から溢れだした。
母を呼ぶ、姉を呼ぶ、妹を呼ぶ。返事なんてありはせず、半狂乱の少女の姿は、同情よりも気味の悪さを村人たちに覚えさせた。
不意にひとつの石が少女の頭にぶつけられる。
衝撃と痛みに思わず怯んだ少女の額からは、つっと血が伝い落ちた。反射のように、顔を石が投げられてきた方向へ向ける。
そこにいたのは、憎たらしいものを睨みつけるような――いや、まさに憎らしいものを睨みつける少年がいた。少女が、ほのかな恋心を抱いていた、あの少年。
「いつまでも、そいつの真似してんじゃねーよ! 魔女!!」
少年が辛さを押し殺した声で怒鳴ると、その怒りややるせなさが伝播したように、次々に石が投げつけられ始める。
「消えろ魔女め!」
「よくも村の娘たちを誑かしたな!」
「彼女たちの魂はお前のせいで地に落ちるんだ!」
「死ね魔女!」
「死ね!」
「死ね!」
憎悪の言葉と共に投げつけられる石、石、石。
腕も含めて縄で縛られている少女には顔を背けその場にしゃがみこむことくらいしか許されず、全身が痛みに襲われた。頭が、背中が、足が、顔が、次々に打ち付けられては血が流れる。
ようやく石の雨が止まったのは、「ここで死なせると別の女に移るぞ」と村長が止めた時だった。
その頃には少女は完全にぼろぼろで、触らずともあちこちが膨れ上がっているのが分かるほどになってしまう。
すっかり虫の息になっている少女の髪をまた鷲掴み、父は彼女を馬車へと詰め込んだ。最後に首を落とす丘に連れて行くためだ。
いっそもう殺してほしい。抵抗することも出来ない少女は、涙と鼻水と血で汚れた顔で馬車の窓から見える空を見上げる。
これから向かう罪の丘は、普段は村人の立ち入りを禁止されている。死体が眠る場所ではあるのだが、そこは真っ当な者たちが眠る墓地とは違った。
そこは、村で罪を犯した者が殺されるための場所なのだ。
村の子供たちのしつけで、「いい子にしないと罪の丘に捨ててくよ」というものがある。怖いと思っていたそれは、けれど自分には縁のないことだと思っていた。
だが結局、訳の分からないまま、少女は罪人としてその丘で命を奪われる。
ああでも、もういい。
少女は腫れた瞼をそっと下ろした。
大好きだった母が、姉が、妹が死んでしまった。父はもう自分を娘だとは思ってくれていない。もう、自分が生きることに執着する理由はないのだ。
しばらく走ると、馬車は山間の道に入り、小刻みに揺れる馬車の速度は緩められる。ここからは小山とはいえ山の淵を走ることになるため、速度は出せないのだ。
ああもうすぐだ。諦念と歪んだ期待が、少女の胸中で入り混じった。
すると、不意に馬車が大きく揺れる。どうした、と馬車に乗り込んでいる父ではない男性が叫んだ。
御者をやっている別の男性が「すまん道がぬかるんで馬が足を取られた」と同じくらいの大声で返してくる。
納得した父たちが、長い雨だったからな、と話し始めた、その時だ。
馬車の床面より下、車輪が立てる断続的な音の向こうから、亀裂が入るような音がした。
馬車の中の面々がぎょっとしたのも束の間。次の瞬間には、地面が崩れ、馬車はまるごと崖の下へと転落する。




