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魔女は契約を継承す  作者: 若槻風亜
腐食の魔女編
59/113

幕間「とある少女の慟哭」①

【※ 注意 ※】

このエピソードは全体的に暴力的で残虐なシーンが含まれております。

苦手な方はこの話を飛ばして次の話へ進んでください。


【概要】

とある村では子供が10歳になる年に「魔女帰し」と呼ばれる儀式を行う。

本来はただの形式的な儀式で、本番はその後の祭り。

しかし、とある少女に反応が出てしまった。

少女は「村に忍び込んだ魔女」として、少女の母たちは少女を庇ったことで「魔女の手先」として、父をはじめとした男たちに酷い扱いを受け、母たちは帰らぬ人に。

やがて村の外の処刑場に連れていかれた少女だが、偶然にも馬車が崖下に落下。

そのまま死ぬのを待つだけだと思っていたところで、見慣れぬ老女――魔女に、救われた。



 その日は、ただのお祭りのはずだった。


 少女が住む村では、子供が十歳になる夜、幼児の守護神から若者の守護神に、見守る神が代わると伝えられている。


 そして、神々の目が離れる瞬間を狙い、悪しき魂を持つ者――『魔女』と呼ばれる者が少女と入れ替わることがある、と。


 それを見破るための儀式を『魔女(がえ)しの儀式』と呼び、衆人環視の中、教会で灼熱の薬を飲み干すのだ。この薬は魔女が飲むとたちまちに昏倒(こんとう)するほどの熱に襲われるため、何事もなければ少女は本物、熱に耐えられなければ偽物――つまり魔女だと明かされ処刑される。


 本来であれば恐ろしい薬だが、この村ではこれまで一度も灼熱に襲われる者は現れたことがなかった。いつも、「薬を飲んでも何事もなかった、めでたい」となり、その夜は村を上げての祭りとなるのだ。薬を飲んだ娘は祭りの主役となり、村中の人々から祝福される。


 少女も、そうなるはずだった。


 しばらく続いていた長雨がようやくやみ、地面はまだぬかるんでいるが、空に雲は少なく日差しは暖かい。儀式の支度をしながら、母は「日頃の行いがいいから、神様が祝福してくれているのね」と笑ってくれた。


 そんな母が着させてくれたのは、少女のためにと母と姉が綺麗な布で仕立ててくれた祭事用の服。頭には妹が摘んできてくれた綺麗な花が冠となって乗せられている。


 それらが自分を飾るために用意されたということに、少女は十年という人生の中で一番の幸福を感じていた。まるで童話に出てくるお姫様にでもなったようで、薬を飲む時も恐怖なんてひと欠片も抱いていなかったのだ。


 儀式の時、左右に分かれ自分を見守る村人たちの優しい視線がくすぐったく、妙に誇らしかった。顔見知りの神父がひげを揺らして微笑んだのに微笑み返し、その前に(ひざまず)く。


 差し出された杯を、練習させられた通りに(うやうや)しく受け取った。


 母だって姉だって何事もなく通ってきた道だ。少女は怖いとも思わず杯に口をつける。意識はすでに祭りに向かっていた。


 気になっている少年は声をかけてくれるだろうか。可愛い、なんて言われたら浮かれてしまいそう。


 そんな風に、年相応の無邪気さで祭りに思いを馳せながら、薬を一口。


 そこから世界は暗転する。


 体の中心から燃えるような熱さが広がった。杯を取り落し、飲んだばかりの薬を吐き出そうとするが、それも叶わない内に、意識は少女の手からすり抜ける。


 次に少女が目を覚ました時、少女は上半身を縄できつく縛り上げられ、柱にくくりつけられて座らされていた。力なく視線を巡らせ、ここが村の集会場だということに気が付く。


 扉の向こうから何か話しているのが聞こえてくるが、聞き取れないくらいの大きさのため、誰が何を話しているのかまるで分からなかった。


 お母さん、そう音にしようとした時、耐え難い吐き気に襲われる。


 抑えることも出来ずに吐き出された物は、少女の体を縛る縄やスカートを汚した。母や姉が綺麗に縫ってくれた服は、今はすっかり泥と吐瀉物(としゃぶつ)で汚れきっている。


 悲しさと悔しさと辛さと、何が起こっているのか分からない恐怖に、少女は耐え切れずに涙をこぼした。喉がまるでただれているようで、声を出そうとすればさらに痛み、涙と痛みは悪循環となっていく。


 そうしているうちに、扉が乱暴に開けられた。


 びくりと体を跳ねさせた少女は、恐る恐る扉を開けた相手を見やる。そうして、そこに見慣れた父の姿を見て、少女は安堵(あんど)を浮かべた。


 お父さん、声にならない声で呼び、せめて少しでも近付こうとする。


 だが、途端に少女は身を凍らせた。目が合った父は、かつて見たことがないほど怒りに燃える目を少女に向けている。


「魔女め、よくも俺の家族たちを……!」


 強く歯噛みして、父は少女を睨み下ろしてきた。


『魔女じゃない、お父さん私だよ』


 そう言いたくて声を出そうとするが、音になりそこなった空気しか出てこない。その空気すら、喉を揺らして痛みが走る。


 少女が痛みに身をよじるが、一歩一歩、踏みしめるように近付いてくる父は同情すら浮かべていなかった。


「喉が焼けて魔法も唱えられないだろう。さあ――」


 手が届くほど近くに来た父を、少女は見上げる。分かって、と祈りを込めた視線は、しかし直後見開かれた。


 父が怒りのままに振り上げているのは、赤黒いものが付いた木の棒。慌てて逃げようとするが、立ち上がろうとした瞬間にその場で転んで床に転がってしまう。


「正体を現せ魔女め!!」


 転んだことにお構いなしに、父は少女の肩に棒を打ち付けた。大人の男の腕力で、一切の躊躇もなく振り下ろされたそれは、まだ十歳になったばかりの少女の肩の骨を簡単に粉砕(ふんさい)する。


「~~~~~~~っっ!!」


 叫びは声にならず、かすれた空気が痛みにさらに追い打ちをかけた。(もだ)えて、(こら)えるという意思もないまま失禁してしまう。


 恥ずかしい、(みじ)めだ、そんな思いを抱く余裕もなかった。今の少女にあるのは恐怖のみ。


 痛みに耐え、()って逃げようとすると、父がまた棒を振り上げる。


「おい待てっ」


 それを(とど)めたのは、入口から入って来た別の男性だった。棒を振り上げたままの父が振り向き男性と向き合う。


 三つ向こうの家のおじさんだ、と遅れて気付いた少女は、優しいおじさんならきっと助けてくれると期待した。


 だが、男性の次の言葉は救われかけた少女の心をさらに叩き落とす。


「魔女は村中を引き回してから、罪の丘で首を落とす決まりだ。こんな所で殺して、他の娘たちに乗り移られたらどうするんだ」


 目の前に降りてきたと思っていた希望が、がらがらと音を立てて崩れた。


 魔女、引き回し、首を落とす、殺す、乗り移られる。


 重ねられる言葉は、すでに彼の中でも少女が魔女であることが確定し、確信していることを証明する。


「だが……こいつのせいで、家族たちが……っ」


「落ち着け。一気に四人も家族を失って悲しいのも辛いのもよく分かる。だが、村のことを考えるんだ」


 肩に手を置かれ、父は取られるがままに男性に棒を渡して項垂(うなだ)れた。大きな手で顔を覆い肩を震わせる姿はいかにも同情を誘う。


 だが、少女にとって今はそんなことどうでもいい。


 父が信じてくれないのも男性が信じてくれないのも悲しくて仕方ないが、そんなことよりも、父と男性の言葉の意味が分からなかった。


 どくどくと心臓がうるさい。


 一気に四人も家族を失って?


 一体どういうことなのか。魔女と言われているのは自分だけではないのか。母は? 姉は? 妹は?


 訊きたいことが山のようにあるのに、声はやはり少女を(さいな)むことしかしてくれない。


 さあ立たせろ、連れて行くぞ。男性が促すと、父は柱につないでいる縄の端を解き、乱暴に少女を立たせる。


 その途端に壊されたばかりの肩が激しく痛み膝をつきそうになるが、父はそれも許さず、膝をつこうものならそのまま引きずられた。擦られた膝の痛みに耐えられず、少女は歯を食いしばって必死に立ち上がる。


 部屋を出されてまず見たのは、集会場にいる見慣れた顔の大人たち。その誰もが同情ではなく嫌悪を少女に向けていた。


 その視線があまりにも恐ろしく、少女は地面を見つめるしか出来なくなってしまう。



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