第6話 「裏切りと約束」⑭
王都、そして副都は、教会が開発した何らかの道具によって魔力が感知されやすい。何も知らずに向かった魔女が危うく捕まりかけたことがあって以来、魔女たちや魔力のある弟子たちには禁忌の土地となっていた。
ニーロも、王都と副都で魔女裁判に遭った娘たちの救出は諦めており、見つけないように感情察知と居場所探知の範囲からは外している 。
「でもこのまま返すの? 私たち全員顔見られているし、この坊やの神器を使ったらまたすぐに魔女の空間に来られてしまうんじゃないの?」
懸念を口にしたのは腕を組んだウィルマだ。同じことを考えていたのか、魔女側の面々は全員が言葉を潜めリーヌスに視線を向けた。ユリウスは顔を引きつらせるリーヌスの前に立ち魔女たちを睨みつける。
「だったら何だ? こいつを殺すってのかよ?」
抜き身の剣のような殺気を放つユリウスに反応したように、目つきを厳しくしたイグナシアの周りに炎が僅かに発生した。それをニーロが留め、ユリウス達に手向ける。
「落ち着け。殺す必要はない。忘却の魔女に明日連絡するから、彼女の魔法で必要なことを消したら無事に帰らせる。だからそれまで――」
【待つ必要はねぇぞ。もう来てる】
低めの少女のような声が反響するように周囲に響いた。ユリウスとリーヌスだけではなく、魔女たちも驚いたように顔を上げる。
「エディータ? 何故……」
ニーロが声の主を探すように視線を彷徨わせるが、声の主は姿を現せようとはしない。
【マヤの奴から連絡があったんだよ。執行人の奴が来てるから力貸せって】
こっちは気持ちよく眠ってたのによ、と口の悪い魔女は苛立ちを表した。ローレンスは、良かれと思ってやったのだろうマヤを思って引きつった笑みを浮かべる。
【状況だけ見ておくかと思ってニーロの家見たら、お転婆がいねぇって騒いでるから、そのまま様子見てたんだよ。ま、明日改めて呼び出されるのも面倒だからな。そのガキのことは俺が引き受ける。お前らはとっとと帰れ】
明確に承諾され魔女たちは「それなら」と安堵した様子を見せた。その中、声の主の正体を知らないユリウスは大声で待ったをかける。
「どこのどいつか知らねぇけど、顔も見せねー奴に任せろなんて」
【俺は帰れって言ったんだぞ。大人しく帰れば必要なことだけ消したらそいつは帰してやるよ。でも、聞けねーならお前もそのガキも生まれたてのまっさらな状態に戻す。今まで出会ってきた全てを捨てる度胸があるなら、そのままそこで駄々こねてな】
姿なき声は冷静なまま言い募った。やめておけ、とローレンスに肩を掴まれたユリウスは、その手を振り払ってリーヌスに視線を合わせる。
「色々世話になったな。またいつか会えるの楽しみしてるから、それまで元気でいろよ」
手を差し出せば、リーヌスも笑顔でそれに応じた。
「僕の方こそ、色々面倒見てくれてありがとうございました。兄が職場にもいるようで心強かったです。……またいつか」
再会を約束し、ふたりは手を離す。
そして声の主に後を任せ、ニーロたちがまず再び開いた空間の向こうに向かった。その後に続こうとしたファーラを、リーヌスが引き止める。
「あの、ハンカチ、ありがとうございました。これ――」
使ったハンカチを胸に抱きながら、リーヌスは続く言葉を探すように視線を彷徨わせた。ファーラはふっと笑ってから、からかうように歯を見せる。
「次の機会までに洗濯しておくですよ、泣き虫」
手を振ってファーラが背中を向けると、リーヌスは少し頬を膨らませて「泣き虫じゃありませんから」と小声で文句を口にした。それでも胸には大事にハンカチを抱いている。
趣味が悪いと思いつつも、ユリウスはそれを口にせずにリーヌスに手を振って空間の中に向かった。全員が切り取られたような空間の向こうに入ると、途端に開いていた口が消える。
ひとり残ったリーヌスは、何が起こるのかとどきどきしながらその場に直立していた。
すると、その視界に紫に輝く蝶々が飛んできたのが映る。珍しい、と思って思わず目で追っていると、その双眸は徐々に虚空を眺めるように光を無くしていき、数拍後には小さな身体は地面に倒れこんだ。
【ま、こんなもんか。後はあの神器を――!】
声の主は思わず息を飲む。その原因は、凄まじい勢いで腐り落ちていくコンラッドの死体だ。じゅくじゅくべちゃべちゃと耳障りな音と鼻が曲がりそうな異臭に、声の主は隠れている場所で顔をしかめる。
【いきなり出てきたと思ったら、何の真似だそりゃあ】
不愉快そうに声の主が問えば、コンラッドだったものの隣に立つ暗い目をした女性は顔を上げた。
「何の真似……? ご覧のとおり、愚かで汚らわしい神の狗をこの世から消しているだけですが……?」
女性は何故そんなことを訊かれているのか分からないような様子を見せる。
それから、視線を倒れているリーヌスに向けた。光のない双眸がじぃとリーヌスを映すと、彼の手の一部が熟れる直前の果実のように膨れて茶色くなる。
だが、それ以上の異常が起きる前に、視線が地面から発生した氷柱で遮られた。
【やめろ】
短く命じると、女性は不服気な顔をする。そんな彼女を、声の主は低くした声で脅した。
【やめろと言っている。俺の労力を無駄にするつもりか? この俺の?】
凍りつくような怒りが込められた声に、女性は少し考えてから視線を地面に落とす。すると、その足元にリーヌスの神器が転がされてきた。
【腹の虫がおさまらねぇなら、ちょうどいいからそいつ壊しておけ】
それだけ言い残し、声の主はリーヌスを連れて姿を消す。残された女性は、親の仇かのように神器を踏みつけた。
「……エディータ様まで騙されてらっしゃるのね。あの汚い男に」
何人も魔女が移動する気配を感じたから見てみれば、あの男は――ニーロはまた魔女たちの空間に男を増やした。そんなことあるべきではないのに。魔女の空間は、魔女の、女たちだけのものであるべきなのに。
「……ニーロ……リッドソン……ッ」
ぎりと歯噛みして、女性は神器を踏み抜く。特別な金属で作られているはずの神器は、ぐちゃり、とありえない音を立てて元の形を失った。
第1章、これにて終幕です。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
続いて第2章に続きますので、もし物語を追ってもいいと思っていただけましたら、
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