第6話 「裏切りと約束」⑫
「……き、さま、な、ぜ、うごけ……! なに……っ!?」
見開かれるコンラッドの双眸には、ありえないものが映っている。右手でナイフを構える、五体無事のユリウスが。
「悪魔の娘と契約したんでね。神の奇跡よりお似合いだろ? なんせ」
再度踏み込むと、ユリウスは体重を乗せてコンラッドの額にナイフを突き立てた。両目をかっと見開いた状態でコンラッドは後ろざまに倒れる。遅れて流れる血を眺め、ユリウスは口元を歪めた。
「クソ野郎をぶっ殺したいからって手を伸ばしたんだからよ」
答えのない空虚。ユリウスは天を仰いで深い息を吐き出す。
妹たちを守れたという達成感は同時に、自身が教会から手を離されたという絶望感と、気に食わなかったとは言え仲間に手をかけたという罪悪感をユリウスに与えてきた。空になった両手を、ユリウスは強く握り締める。
「ユリウス、さん……」
小さく控えめに声をかけてきたのはリーヌスだ。ユリウスが振り向くと、リーヌスはびくりと体を震えさえ、神器に縋りながら頭を下げた。
「…………謝って済むこととは思ってないですけど、謝らせてください。――ごめんなさい。あなたを裏切ってしま」
「頬大丈夫かリーヌス。このクズ野郎にでも殴られたか?」
謝る言下、ユリウスは騒ぎが起きる前とまるで同じ口調でぽんとリーヌスの頭に手を置く。その優しさに、リーヌスは堪えきれず幾粒もの涙を夜に溶ける双眸からこぼした。
「~~っ、ごめんなさい。ごめんなさい、あなたの優しさを裏切ってしまってごめんなさい。でも、僕は、僕の孤児院を守らなきゃいけないんです。本当に、ごめんなさい……っ」
しゃくり上げながら謝り続けるその小さな体を、ユリウスは覆うように抱き締める。ぽんぽんと背中を叩くその様を後ろから見ていたファーラは、どこか懐かしそうな顔をした。
「分かってるから気にすんな。お前の所はうちと違って普通のところだもんな。誰かのミスが院の存続に関わってくるんだもんな」
孤児院は基本的に民間で行われているのだが、優秀な孤児院には教会の後援が付く。そうなれば資金繰りに困って子供たちにひもじい思いをさせることもないので、孤児院の者たちは職員も卒院した者たちも皆必死でその立場を守ろうとしている。
一方で、ユリウスが育った孤児院は、創立者が創立者だけあって通常の孤児院とは一線を画していた。優秀な執行人の養成機関、という側面も持っているので、男児は≪太陽の力≫が強い者だけが集まり、その側面ゆえに教会の後援も揺らがず確定しているのである。
たとえば今回、不本意ながらユリウスが裏切り者という結果にされてしまっているが、そうなったとしても後援は止まらない。ユリウス一人使い捨ててもお釣りが来るような人材が、これから出てくる可能性が多大にあるからだ。
だが、一般の孤児院ではそうはいかない。リーヌスが失敗すればそれがそのまま院の存続に関わる可能性があるのだ。だからリーヌスは長いものに巻かれる主義を徹底している。上にいる者の機嫌を損ねるわけにはいかないから。
「ほら、顔拭くですよ」
ポシェットからハンカチを取り出すと、ファーラはリーヌスの顔に押し付けるようにそれを渡した。ありがとうございます、とリーヌスが素直に受け取ろうとした時、突然近くの空間が開く。
「ファーラ! ……何があった?」
飛び出してきたのはようやく異変に気付いたニーロとウィルマ、復活したローレンスに、呼び戻されたイグナシアだ。一同は目前の状況についていけずに揃って訝しげな顔をした。
泣き濡れる少年と、その彼にハンカチを押し付けているファーラ。その傍らにはナイフを額に突き立てられ絶命している男が転がっている。だが魔女たちがもっとも意識を奪われたのは、先程直接対峙したユリウスだった。
「まずどこから説明します?」
リーヌスにハンカチを渡したファーラは、執行人三人に背を向ける形で腕を緩く広げる。まるで店員がどの商品にしますかと尋ねるように。ニーロは眉根を揉んで息を吐き出す。
「最初から全て訊きたいが、まずはユリウス・キルコリーネンのことだ。何故彼は魔法人形になっている?」
確信している魔女たちの視線に、ユリウスは「やはりこいつらも魔女なんだな」と改めて確信した。
ファーラがユリウスに持ちかけた契約。それは、ファーラに従うことを条件に、肉の身を魔法人形に作り変えてやる、というもの。魔法人形になれば怪我も治って動けるようになる、と聞かされたら、あの時のユリウスには乗る以外の選択肢はなかった。――もし今、もう一度あの選択をやり直せるとしても、きっと同じ選択をするだろうが。
ファーラは、ユリウスが教会から裏切り者扱いされて殺されかけたことを話し、死にたくないならと提案したことを話す。
そして結果としてコンラッドが死体となったことまで話し終わると、ニーロは難しい顔をした。




