第6話 「裏切りと約束」⑪
異変が起きたのは、それが到達する直前だ。
そこにあったはずの姿が掻き消える。彼を切り裂くはずだった斬撃は後ろの木々を切り払った。
「何っ!? また魔女か! リーヌス! 探せっ、奴はどこだ!?」
「待ってください、神器の反応を追いかけてたからすぐには――っ!」
コンラッドが怒り任せに怒鳴るが、リーヌスは戸惑った様子で首を振る。
早くしろ、と見苦しく叫ぶコンラッドから数メートル離れた先、先程の場所から90度ほど位置を変えた木の下。今しがた消えたユリウスは、そこに倒れている。
その彼の脇には、彼を抱える形で座り込んでいるファーラがいた。ユリウスの胸の当たりを鷲掴む彼女の右手にはごつごつとしたグローブが、上に向けられた左手には手先が消えているグローブがはめられている。左手のグローブの先は目の前の木の太い枝をがっしりと掴んでいた。
ファーラが姿を消す時に使った液体は魔道具『ハイド・アンド・シーク』。液体で囲んだ範囲に含まれるものが見えなくなるもので、使用者が触れているものも消せる。グローブは『力のグローブ』と『昇降グローブ』という魔道具。
それぞれ元々はマヤが「かくれんぼに使えるかも」「固いビンの蓋を開けるのに使えるかも」「木に登るのに使えるかも」という遊び心から作ったおもちゃのような魔道具だ。それでも、使いようによっては役にも立つ。
「……ひとりになったらどんな反応するのかと思って見てたですけど、だいぶ哀れな展開ですねー」
左手のグローブを外し、静かにファーラは呟いた。腕の中のユリウスは最早虫の息だ。けれど、彼の震える手は剣を握るような形になっている。何度も何度も繰り返しているのは、「妹たちに手を出すな」という、コンラッドへの敵意。
妹たちを守ろうとする心意気は立派だ。だが、彼は恐らくもう立ち上がれない。度重なるダメージに右腕の喪失。出血はひどく、目の焦点はすでに合ってない。
「おい血だ! これを追え!」
周囲が暗いため気付くのが遅れていたことにようやく気付き、コンラッドが大きな声を上げる。時間もなさそうだ。ファーラは顔をユリウスの耳に寄せた。
「お前からしたら魔女は悪魔なんでしたっけね。――じゃあ、悪魔の娘と契約しませんか? 哀れな哀れな神の狗さん」
ユリウスの顔が僅かに動く。目は合わないが、確実にファーラの言葉に反応していた。同じ速さで契約内容を唱えれば、ユリウスは弱々しく頷く。ファーラはにっと唇を引き伸ばした。
「契約成立です」
ファーラはポーチを探り、拳大の球体を取り出す。紋様を描くような金の外周の隙間からは、中に含まれる輝く球体からの光が漏れ出ていた。
それをユリウスの胸の上に置くと、まるで水面に置かれたかのようにゆっくりと沈み始める。ややあって、球体は完全にユリウスの体の中に取り込まれた。
その直後、ファーラはぱっと飛びのき、入れ替わるようにユリウスから激しい光が放たれる。
姿を消す魔道具を使用しているファーラが離れたことにより、ユリウスは――その激しい光は、近くに来ていたコンラッドとリーヌスの視界に映ることになった。先とは違い予想だにしなかった強い光に、ふたりは悲鳴のような声をあげ自分の目を庇うような動作をする。
それでも、自分の神器の光を見ていたリーヌスはコンラッドよりも早くに回復した。そしてうっすらと開けた視界に映った奇跡のような光景に、目を瞠る。
「ユリ――」
その名を口にしようとした直後、一陣の風がリーヌスの隣を吹き抜けた。そして風の正体は、まだ視界が回復していないコンラッドの胸に、持っていたナイフを突き立てる。
短い悲鳴を上げるコンラッドは酸欠の魚のように口を開閉した。震える手で神器を振ろうとするが、それは距離を開けたナイフの主に蹴り落とされてしまう。後方にたたらを踏み、コンラッドは尻餅をついた。




