第6話 「裏切りと約束」⑩
第一執行部隊の第三位、という大物がほいほいと来たこと。そして、その理由が自分の裏切りだということ。
一体自分が魔女の元に行っている間に何があったのか。ユリウスは本気で混乱する。共に来た仲間たちに目をやるが、リーヌスは目を伏せ続け、コンラッドはいい気味だと思っているのが伝わってくるほどにやにやしていた。
「魔女の幇助人たちには同情的で、魔女の襲撃があった時は無駄に駆け回り邂逅を避けた。その結果幇助人たちを魔女に連れ去らせる。極めつけはひとりで魔女の元に向かった。バーリ執行人から我々に来た報告はこの通りだ」
ユリウスの混乱など気にも留めずに、エバーハルトは彼の罪状を読み上げ始めた。身に覚えがないもの、身に覚えはあるが決して反意の行動ではないもの。ユリウスは慌てて違うと叫びかけるが、それは自らの激しい咳で遮られる。
「それだけならまだ誤解があったのでは、と思ったのだが……先程魔女を目の前で取り逃したな? 残念ながら、あれはこの訴えが正しかったと判断せざるを得ない行動だ」
本当に残念だよ。一方的に喋りきると、エバーハルトは腰に提げていた長剣を抜き放った。鍔から刀身の下部までには神の像が刻まれているその剣は、間違いなく神器だ。
話も聞かれずに背信者として殺されるなど冗談ではない。ユリウスは思わずサーベルを握る力を強くする。
その時だ。見えない斬撃がユリウスの右腕を何の感慨もなく切り落とした。
ぼとり、と吹き飛んだ地面に落ちる頃、衝撃で後ろざまに倒れたユリウスは痛みに悶絶して悲鳴を上げた。それを表情のひとつ動かさずに見ていたエバーハルトは顔だけを後ろに向ける。
「――コールダー執行人。何の真似だ?」
冷静な問いかけに、剣を振り切った姿で止まっていたコンラッドは姿勢を元に戻して大仰に肩を竦めた。
「この裏切り者が神器を発動しようとしたので止めたまでのことです。あなたのためですよ、ラング回収人」
そうか、と短く返し、エバーハルトはユリウスに近付く。すぐ横で立ち止まると、身を屈めて神器を回収しようと手を伸ばした。それを見計らってか、ユリウスはエバーハルトに身を寄せる。
「話を、聞い、てくれ……っ、俺は裏切って、ない」
痛みから歯の根が合わない声で訴えた。真っ直ぐに紫色の双眸を睨むように見据えていると、エバーハルトはその双眸を瞼の奥に閉じ込める。
「『神の御業よ、人の世憐れみ慈しみ、情けを以て顕現召されよ』」
そして唱えられた詠唱を受けて、抜き放たれたままの長剣が光り出した。途端にユリウスは目を限界まで見開き、全身に鳥肌を立てる。ほんの一瞬で蒼白になった顔面はこれ以上なく引きつっている。
「うわあああああああああああああっ!!」
右腕の痛みなど忘れたように残っている手で頭を押さえて、ユリウスは気が狂ったような叫び声を上げた。夜半に響くその声にコンラッドは笑い、リーヌスは縋るように神器を抱き締め、もう一人の紫髪の回収人はあくびをする。
「うっ、うあ、うああ」
ガタガタと大きく震えるユリウスの双眸には涙がいくつも浮かび、その度に顔を伝って流れた。先ほどの斬撃の際彼の手から取り落とされた神器を取り上げ、エバーハルトは静かに呟く。
「……私の神器に抵抗出来る数少ない神器だと思っていたのだが、使い手が未熟では関係ないな」
言下、エバーハルトは神器の発動を止め、鞘に収めた。突然神器の能力から解放されたユリウスは何が起こったのか分からずに放心し、荒い息を繰り返す。そんな彼を、エバーハルトは見下ろした。
「残念だよユリウス。君も俺と同じ忠実なる神の僕だと思っていたのに」
見下ろしてくる顔を見上げ目を見開いていたユリウスは、全身の痛みに堪えて皮肉げに笑う。
「……なに、が、忠実なる、神の僕、だ……」
血の絡まる声で放たれた憎まれ口には反応せず、エバーハルトは待っている面々の元へ戻った。
「コールダー執行人、思うところがあるようだから後の始末は任せよう。彼の神器は神代神器だ。くれぐれも失敗しないように。ペール、帰るぞ」
コンラッドの肩をぽんと叩き、抜き身のサーベルを持ったままのエバーハルトは空気に徹していたもうひとり――ペールに声をかける。
「ふあー? ああ、終わったっすか? んじゃ行きますか。深夜料金お願いしますよ」
緑色の三白眼の端に浮かんだあくびの涙を指先で拭い、ペールは立体的なコンパスが付いた杖を掲げた。
「副都レイレンブルグ、コルーテナ聖堂へ~」
ペールが場所を指定すると、コンパスが光り輝きながら回り出す。そして周りが見えないほどの光が放たれた次の瞬間、回収人たちの姿はそこから消えていた。
闇に慣れた目にはひどく痛い光だったが、予測していたコンラッドとリーヌスは目を瞑り目元を隠している。完全に光が収まってから、彼らの手はそれぞれの目元からどかされた。
「……ふっ、ふ、ふ。まさかこんなに上手くいくとは」
抑えきれない笑みをこぼしたコンラッドは改めて剣を握り直す。
「さあこれでおしまいだドブネズミ。お前をこの手で仕留められるとは、あの回収人も中々粋なことをする」
言葉と共に剣先が空に向かって上がりはじめた。ゆっくりゆっくり、憎たらしい男を自らの手で殺せる喜びに打ち震えながら。
何も知らない娘たちを誑かす美麗な笑顔は、切っ先が頂点に向かった途端に醜悪なそれへと変わる。
「お前が私に働いてきた数々の無礼は、お前の命だけではで贖えんからな。お前の薄汚い妹たちにでも払ってもらうとしよう。だから私への侘びなど気にせず安心して――死ねっ、ユリウス!」
上げた時とは真逆のスピードで、コンラッドの神器は振り下ろされた。不可視の斬撃がいくつもユリウスに向かっていく。




