第6話 「裏切りと約束」⑨
「だから、どうして妹を殺すなんて酷いことさせられたのに、神の正しさについて、魔女について考えたり知ろうとしたりしなかったんですか、って聞いてるですよ。分からないことに向き合うことで、向き合った結果得たことで、人生ガラッと変わったりするんですよ」
幼いファーラが真っ直ぐに向けてきた言葉に、一瞬ユリウスは戸惑いを見せた。その後すぐ、じろりと彼女を睨みつける。
「何でお前が妹のこと知ってんだ」
魔女の魔法か、と警戒するユリウスの反応がファーラには理解出来なかった。
「はぁ? お前さっき自分でべらべら喋ってたですよ」
覚えてないですか? そう尋ねれば、ユリウスは記憶を探るように視線を彷徨わせる。そして、憚らずに舌打ちした。
「全っっ然覚えてねぇ。くそ、万操の野郎、下手くそな使い方しやがって」
抵抗の神器は抵抗力、抵抗心に作用する。今回ローレンスは、ユリウスの魔女に対する、あるいは情報を守ろうとする抵抗心を下げようとしていた。
だがそれだけではなく、怪我に対する抵抗力、意識を失うまいとしていた抵抗心にまで作用させていたようだ。それにより、ユリウスは前後不覚になるほど無抵抗の状態になり、普段自覚していないようなことまで口走った。
そしてその結果、彼は自らが口にしたことを何も覚えていない。
「いいか、俺がさっき何を話したかは知らねーがな、神への忠誠は変わらないし、魔女が悪魔だってことも変わらない。妹は処刑で魂が浄化されて天に還ったんだ。考えなきゃいけねーことなんてないんだよ」
分かったか、と睨みつけてくるユリウスに、ファーラは諦めたように溜め息をついて立ち上がる。
「あ、そーですか。残念ながらお前は学べない側の人間みたいですね。もういいです。そのまま馬鹿なこと続けて自分が正しかったと思い続けてればいいですよ。――理解も懺悔も出来ないとは、妹さんも報われないことですよ」
哀れむような目で見下ろされ、ユリウスは目を見開いた。遅れて神器を発動させようとするが、ファーラはその前にポシェットから取り出した液体を周辺に撒き散らす。それが光を放つと同時に、彼女の姿は掻き消えた。
「……くそっ、逃げられた……っ」
地面を拳で打ち付けてから、ユリウスは脂汗のにじむ額を袖で拭う。
妹が報われない? そんなことはない。ユリウスに神の絶対さを教えた者たちは、皆裁くことで救われたと言っていた。ならばユリウスが考えるべきことなどない。
――何もない、はずだ。なのに何故、脳裏に浮かぶ妹の顔は涙を堪えているような辛そうなものなのだろうか。
しばらくの間動けずにいると、暗闇の向こうからいくつかの足音が聞こえてきた。そちらを振り向けば、神器をかざしたリーヌスが現れる。
「リーヌスか、悪いドジ踏んだ。肩貸してくれ」
腕を伸ばして呼びかけるが、リーヌスはそこから動こうとしない。
何だ、とじっと目を凝らし、ユリウスは彼の異変に気が付いた。頬は赤く腫れ上がり、いつもやる気のない双眸は、感情を押し殺しているように暗く沈んでいる。
どうした、と尋ねようとするが、それより前に彼の背後から別の男が三人、前に出てきた。
ひとりはにやにやと悪意に歪んだ笑みを浮かべているコンラッド。残りの二人は見慣れぬ顔の若い、ユリウスよりは年上だろう男たち。
身につけているのは執行人の制服と同じ形のもので、この暗さでは判別が出来ないが、記憶にある限りだと色が黒と白に変わったもの。ズボンは執行人と同じはずだったか。首元に巻かれているのは白い厚めの短いマントだ。鎖骨の前辺りにはブローチが付いており、両翼が付いた金色のベースに、鮮やかなオレンジ色の卵形をした宝石がはまっている。マントには楕円の前垂れが付いており、白と青で模様が描かれていた。
この制服を身につける者たちを、ユリウスは知っている。
「回収人……? 何でこんな所に」
回収人。それはユリウス達実行部隊の上位組織である第一・第二執行部隊に所属する者の名称だ。
実働執行部隊の主な相手は魔女だが、彼らの相手は主に下位部隊の執行人である。執行人が教会の許容を超える罪を犯した時、あるいは神に反する行為をした時、彼らから神器を回収するのが彼らの仕事だ。
だから、ユリウスには彼らがここに来ている理由がまるで分からなかった。混乱していると、回収人の一人である男が一歩前に出る。星の明かりの中でもよく分かる金色の髪は前髪が少し上げられ、長い髪は後頭部の中央付近でまとめられていた。双眸はどうやら紫だ。爽やかながらきりっとした男らしい顔立ちをしている。
「ユリウス・キルコリーネンだな? 私は第一執行部隊第三位、エバーハルト・ラングだ。この度、貴官の裏切りの報告がされたのでその確認に来た。貴官は優秀な執行人だからまさか、と上でも信じられない者が多かったよ。とはいえ、万が一事実だったとしたら貴官の神器は厄介だからな。私が来た」
淡々と語る男――エバーハルトの言葉が理解出来ず、ユリウスは目を見開き「は?」と大きな声を上げた。




