第6話 「裏切りと約束」⑧
警戒しながら室内に入ると、ユリウスは簡易ベッドの上で固く目を閉じたまま寝転がっている。
ほっとしたファーラはそそくさと小さな棚が置かれている場所まで向かい、その上に水差しを置いた。割られないように、強化の粉という物体の強度を上げる魔道具を使用済みだ。縄を切られて脱出でもされたら困る。
そんなことを考えながら、戻る途中少し大回りしたファーラは、ユリウスの手を縛る縄を確認した。
「え」
思わず声が漏れ出たのは、しっかり縛っていたはずの縄が緩んでいたから。ファーラの声に反応してローレンスがサーベルを鞘から引き抜き、それと同時に固く目を瞑っていたユリウスががばりと起き出しファーラを捕まえる。
乾いた音を立てて床に落ちたのは、鋭利な刃物で切られたロープ。口を塞がれたファーラの首元に当てられているのは、それを切ったのであろう小さなナイフ。
「『神の御業よ、人の世憐れみ慈しみ、情けを以て顕現召されよ』」
「『神の御業よ、人の世憐れみ慈しみ、情けを以て顕現召されよ』」
ふたりの男から同時に詠唱が放たれた。神器は輝き、その効果を発揮する。その対象となり膝をついたのは――神器を持っていたはずのローレンスだった。ユリウスに囚われていたファーラも、ゆっくりと膝を折る。
彼女を手放し、ユリウスは狙い通りだとほくそ笑んだ。
「聞いてた通りだな。万操の奴はどんな神器でも扱えるが、選ばれた者には及ばない。同時に使ったならたとえ持ってなくても俺の方が優先される。……しかしまあ、勘が鈍ってんな元隊長。捕まえた相手の身体検査くらいしろよ」
倦怠感に支配され動けなくなったローレンスに、ユリウスは悠々と近付く。ナイフをしまうと、サーベルを回収した。そのついでとばかりに、ローレンスの意識を保つ抵抗心を完全に減少させ、気を失わせる。
「来い」
命じられ、ゆっくりと立ち上がるファーラ。ユリウスは口を閉ざし素直に歩く彼女の腕を引いた。そのまま足音を潜ませ家を出ると、来た時と同じように神器を使おうとし――思いとどまる。来た時にすぐにニーロにばれたということは、無理やり出ればまたすぐに見つかってしまうだろう。
「おい、ここからあの男の魔女にばれずに出られるか?」
「……はい」
頷くと、ファーラはポシェットを探って鍵を取り出した。それを何もない空間に差し込むと、目の前にがばりと穴が開く。その向こうに、先程出てきたホバソの町が現れた。ユリウスはファーラの腕を引いてその穴を通る。
抜けきると途端に穴は消え去った。ファーラは鍵をポシェットにしまった。
「戻ったか……とりあえずリーヌスと合流しねーとな」
苦しげな息を吐いてユリウスは周囲を見回す。すっかり夜の帳が下りた町は昼の騒ぎなどなかったように静まり返っていた。まずは教会か、と歩き出し、その一歩目でユリウスは身を傾いで地面に膝をつく。
「あー、くそ。上手く息出来ねぇ……っ!」
皮膚などは大分治療されているが、まだ炎で焼かれた肺は完全には復活していない。
とにかく息を整えようと必死に荒れた呼吸を繰り返していると、不意にファーラが目前にしゃがみ込んだ。膝の上に肘を置き、両手で顎を支えるようにじっとユリウスを見てくる。
「お前、何で自分で考えること放棄しちゃったですか?」
平然とした調子で問われ、ユリウスはその時ようやく神器の発動が切れていることに気付いた。苦しげな表情を隠しきれないまま、ユリウスはにっと笑う。
「何だ? 怪我人相手だからって油断してんのか? それともガキだから見逃されるとでも思ってんのかよ? 言っとくがそんなの関係ねーからな。それに、お前あのジジィの娘だろ? 魔女の娘なんて裁判かけてそのまま処刑だ。熱の審判から逃げられるとは思うなよ」
「熱の審判ってあの魔力に反応して熱出させる薬ですか? 僕魔力ないからあれ効果ないですけどねー」
脅してみるが、ファーラは気にした様子もなく返してきた。ユリウスは訝しむように眉を寄せる。
「魔力がない? 魔女の娘の癖に?」
「魔力は遺伝じゃねーですから」
そもそもファーラはニーロの実子ではないが、たとえ実子だとしても魔力が引き継がれるかは五分五分だ。実際、超特上の魔力を持つグレースの子供や孫たちは一切魔力を引き継いでいない。
「つーか僕の質問答えろですよ」
怖がりもせずファーラが答えを促した。ユリウスはそれに「質問の意図が分かんねーよ」と舌打ちする。
怪我人相手だから油断している、と彼は言ったが、子供だからと油断しているのは彼も同じだった。応じてきたユリウスに、ファーラは真面目な目を向けている。




