第6話 「裏切りと約束」⑦
震え、掠れる声。まさか、と聞いていた面々がざわめく中で、軽く目を見開いたファーラだけは静かに硬直していた。どくどくと鳴る心臓が周囲の声を消していく。
孤児院、神、悪魔、魔女、妹。ユリウスから放たれファーラの中に重なっていく言葉は、過日の光景をファーラの中にフラッシュバックさせた。
『やだっ! 何でおねえちゃんが死ななきゃいけないの!』
幼い少女が泣き叫ぶ。
『もう仕方ないんですよ。どうやら僕は神様に嫌われちゃった悪魔の子みたいなので。あ、でもどうせなら本当に魔女だったらよかったですけどね』
縋る妹を抱きしめ軽口を叩いて見せるが、姉の言葉は届かない。何度も何度も、嫌だ、死なないでと繰り返す。そんなことをしても姉を困らせるだけだと、幼い少女には分からなかった。最後の最後、処刑の籠の扉が閉まる直前まで、泣き濡れていた幼い少女。ファーラの大事な―― 。
「あの孤児院はまだそんな胸糞悪いことさせてんのか」
吐き捨てるように言ったローレンスの声にファーラははっと正気に戻る。見れば、いつも穏やかな背中からは怒りが立ち上っていた。
「どういうこと?」
ウィルマが問いかけると、ローレンスはがしがしと頭を掻く。
「俺も隊長になった時に知ったんですが、ウッドロック孤児院出身の執行人の信仰が揺るがないのは、そのための試金石があるからだってことなんですよ。その内容ってのが、一番親しくしていた姉妹を魔女に仕立て上げ、その処刑を本人にやらせる、ってことです」
そうして教えるのだそうだ。たとえ愛する家族であろうとも、神に仇なす悪魔の徒ならば排除しなくてはいけないと。何故なら神は絶対だからと。
それまでの思想教育で壊された心は、処刑執行を受け入れ愛する家族を手にかけるという業でさらに破壊される。元より壊れた心でただ「神は絶対」の思考に染まっていく者もいれば、壊れた心を守るために「神は絶対だ」と思い込まざるを得なかった者もいるだろう。姉、あるいは妹を殺した理由を正当化するために、その前提を彼らは壊せなかったのだ。
ユリウスは、恐らく後者。視線を集める面々は自然とその結論を出していた。
「……く、そ……俺を、憐れむな、悪魔ども――!」
ぐらりと揺らぐと、ユリウスは完全に意識を手放してしまう。しんと奇妙な沈黙が走る中、ニーロが深く息を吐いた。
「協力に感謝する、ローレンス。とりあえず知りたかった大まかなことは分かったから、この男は明日エディータに記憶を消してもらって解放しよう。神器はどうしたものか」
「こいつはどこかに捨てるか壊すかした方がいいです。便利ではありますけど、神器は教会に感知されやすい。魔女の空間に置いておくのはお勧めしません」
サーベルを鞘にしまい入れるローレンスの言葉に、ニーロは深く頷く。
「ではこれは一度ドナテラ に見せて、破壊出来るなら破壊してもらおう。無理なら海の真ん中に捨ててくる」
話が次々に決まる中、ブリジットは同様に次々出てくる(恐らく)魔女の名前についについて行けなくなった。教えてくれるかと思ったファーラは、どこか暗い顔をしている。夜も遅い時間なのでもう眠いのかもしれない。しっかりしていても彼女もまだ11歳だ。
結局その日は遅すぎて他の魔女たちに連絡を取るのも憚られたため、翌日諸々の行動を取ることに決まった。イグナシアとマヤは帰り、万が一のためにウィルマとローレンスはニーロ邸に残ることになる。
ユリウスは空いている部屋に閉じ込められた。流石に先ほどの状態を見た後で死んでもいいとは思えず、最低限の治療だけは行い、足の縄くらいは解いて簡易のベッドに寝かせている。
遅いから、とブリジットは部屋に戻された。ファーラはその前に、と夜通しリビングで待機することになったニーロたちに茶と軽食を用意する。
その後部屋に戻ると思われた彼女は何故か再びキッチンに入り、次に出てきた時には長いストローが差された水差しを抱えていた。
「ファーラ?」
「水ぐらい置いといてもバチは当たんないですよ。ローレンスさんついて来てください」
ぱたぱたと立ち止まりもせずファーラはユリウスを閉じ込めている部屋に向かう。声をかけられたローレンスはすぐに立ち上がり、腰に抵抗の神器を差したままその後に続いた。
その背中を見送り、ニーロは軽く息を吐く。
「……あれは一人で対応しようとした私に対する皮肉なんだろうか」
「あの冷静な子が、『お父さんが殺されちゃう』って凄く慌てて連絡してきてくれたのよ。たとえ皮肉だとしても受け取っておくべきだわ。……次からは連絡してちょうだい。あなたのためならいつでも来るから」
ずいと机越しに近付きウィルマが見上げると、ニーロは目を伏せて「助かる」と答えた。しばらくじっと瞼の下ろされた顔を見上げてから、ウィルマは諦めたように座り直す。
ぽいと口に放り込んだチョコレートの控えめな甘さが、口に溶けて広がった。




