第6話 「裏切りと約束」⑥
「今や『死神部隊』なんて言われるほど功績を重ねてるよ。確か今の隊長は例の壊滅時の生き残りだとか聞いたな。良かったじゃねぇかよ、優秀な神の徒として淘汰されたみたいで」
ローレンスを怒らせ余裕を奪いたかったユリウスは敢えて嫌味な言い方をした。だが、ローレンスは「嫌な名前だなぁ」と軽く笑うばかりだ。代わりに後ろにいたマヤが、物言わぬまま空間から金色の杖を取り出す。
「待ちなさいマヤ、やめなさい」
「やだ、殴る。こいつ腹立つ」
両手で杖を握って大きく振りかぶったところでニーロに留められるが、マヤは全力で前に進もうとしていた。体格差と性差があるものの、若い力は思いの外手ごわい。仕方なく、ニーロは自身に増強の魔法をかけマヤを担ぎ上げる。
「話が終わってからにしなさい」
「やーーだーーっ、なーぐーるーーっ!」
ばたばたと手足をばたつかせ暴れる29歳児に対象のユリウスは「やってみろ」と煽るように笑い、ブリジットはぽかんとし、ファーラ、イグナシア、ローレンスは困ったような呆れたような顔をした。
その中唯一無表情を貫いていたウィルマはふらりと近付くと、マヤの両頬を手で挟む。むぎゅりと顔を潰されたマヤが思わず黙ると、静かに燃える双眸が睨み上げてきた。
「マヤ、ニーロを困らせないでちょうだい」
普段物静かな人が怒ると何故こう怖いのか。ブリジットとファーラは思わず抱き合い、直接怒られたマヤは硬直してしまう。ややあって全身の力を抜くと、弱々しく「……はい……」と返事をした。
「いい子ね。じゃあ降りなさい。杖はしまって」
緩く当てたままだった手でマヤの頬を撫でると、ウィルマはまた無表情に戻る。言われた通りマヤがニーロから降りて杖をしまうと、ローレンスは空気を換えるようにごほんと咳払いをした。
「……あー、それで? お前はどうやってここまで来たんだ? 目的は? 他の仲間は?」
ついに本題に入る。本当は魔法で訊き出すつもりでいたのだが、神器が使用出来るのならそちらに任せていいだろう。ニーロは静かにやり取りを眺めた。
「仲間の神器で魔法の残滓を追跡して、俺の神器で魔法を破った。つーか、目的なんざひとつだろ、寝ぼけてんのかよ背信者が。神に仇なす悪魔の徒を捕えに来たんだよ。他の奴らはホバソの町で待機してる」
自分が喋らされている自覚はまだないようで、ユリウスは躊躇もなく喋り出す。その目はニーロをはじめとした魔女たちを挑むように見据えていた。
「随分神にご執心だな……お前名前は?」
「……ユリウス……キルコリーネン」
先とは違い少し躊躇いが起きる。それでも口は抵抗を諦め、ユリウスは自身の名前を口にした。その名前を聞いた途端、ローレンスは察したように「ああ」と声を漏らす。
「なるほど、教会の子か。ってことはお前、聖ウッドロック教会孤児院の出だな。道理で狂信的なわけだ」
ローレンスが確信して発言すれば、ユリウスは不愉快そうに彼を睨みつけた。また抵抗心が高くなっていると察してローレンスは再び神器の出力高める。その背後では、微かに反応を示したファーラが静かに眉をひそめていた。
「ウッドロックって、例の魔女に関する罪と罰みたいなの定めたクソジジイ?」
イグナシアが心底からの嫌悪を浮かべて厳しい顔をすると、振り向いたローレンスは否定もせずに頷く。
「そのクソジジイです。ウッドロック孤児院は、まあ名前の通りその爺さんが建てた教会が運営してる孤児院で、育ててる子供たちにとにかく思想教育を徹底するんです。この孤児院から執行人になった奴は多いですけど、みんな狂信的です。神――特に主神の太陽神が絶対、教会が正義って教えが頭の中心まで浸透してるから、執行人としてはいいんですけど、人間としてはどっかぶっ壊れてるような奴らばっかりです」
このフォルセラート王国が信仰しているムルテウス教は太陽神を最高神とした多神教の宗教で、全国各地の教会ではそれぞれが信仰する神が祭られている。宗派によって掲げるシンボルが違い、太陽神ならば太陽、戦神ならば剣、豊穣の女神ならば蔦と花、とそれぞれだ。
「ふざけんな背信者ども。俺たちは狂信的なわけじゃねぇ。てめぇら悪魔の徒には、神の絶対さが分かってねぇだけなんだよ……」
激しくせき込むユリウスの焦点は、またも合わなくなってきていた。ローレンスは肩に担いでいたサーベルを目の前に持ってきてその刀身を見つめる。
ブランクもあるが、さすが精神にも作用する神代神器は扱いが難しい。精神だけではなく、体のダメージに対する抵抗力にまで作用してしまっているようだ。
「いいか……神は絶対なんだよ……魔女は悪魔の徒だ……だってそうだろ……」
うわ言のように繰り返すと、ユリウスは頭を上げているのも耐え切れなくなったのかぐったりと項垂れた。
そして放たれた言葉に、一同はそれぞれの表情を浮かべる。
「……神が絶対じゃないなら、魔女が悪魔じゃないなら……何で俺は、イザベラを――妹を、殺さなきゃいけなかったんだ……」




