第一話「弟子 はじめました」②
ブリジットが連れて行かれたのはニーロの自室の隣にある小部屋だった。いつも扉がしまっていたため、その奥に何があるのかブリジットは知らない。
どきどきしながらニーロに続いて室内に入れば、部屋の奥にある机と、その上の水晶がまず目に入る。続いて、入り口と対面の壁にかけられた五枚の鏡、そして扉を入ってすぐの場所に置かれた椅子を認識した。どうやらこの部屋は、この椅子に座り正面の鏡や水晶と相対するように作られているようだ。
「そこに立っていなさい」
指示され、ブリジットは椅子の斜め後ろに直立になる。そんなに固くならなくて大丈夫ですよ~と気軽に話すファーラは、椅子を挟んだ反対側に立った。ふたりがしっかり自分の位置につくと、ニーロはそれを見回す。
「ファーラはさすがにもう気付いているようだが、今から他の魔女たちにブリジットの事を紹介する」
告げられた言葉に、ファーラは「わー」と賑やかすような声を上げ、ブリジットは「えぇっ!?」と衝撃の声を上げる。
「えっ、えっ、こ、ここに他の魔女様たちが来るんですか?」
きょろきょろと周囲を見回すブリジットに、説明を補足したのはファーラだった。
「いえいえ。今から行われるのは魔女会義と呼ばれる魔女様たちの話し合いなのですが、それは部屋の奥にある魔道具を使って行われます。水晶は『伝達の水晶』という魔道具で、遠く離れた者同士が会話出来るようになるものです。鏡は『映し身の鏡』という魔道具で、同じ鏡を持つ者同士の姿を写すことが出来るのです」
説明の最中、ファーラの小さい指先はまず鏡に、続いて水晶に向けられる。
「水晶にも映りますが、何分小さいので多人数で話し合うのには向いてません。なので、鏡とリンクさせて使うのです。ちなみに、うちは狭いから五枚だけですが、広い魔女様のお宅だと魔女の枚数分鏡がある所もあるんですよ」
もう一度鏡を示され、ブリジットもそちらに視線を向けた。
魔女は確か50人いるのではなかっただろうか。自分の分を引いても49枚。それだけの鏡が並んでいる様を想像して、ブリジットは頬を引きつらせる。
「さて、そろそろ約束の時間だ。いいかブリジット? 名前と心がけることを話しておけば十分だから、あまり気負わなくていい」
「はっ、はい!」
まだ心の準備が出来ていないが、時間が迫っている、と言われては待ってくださいとも言えない。どくどくと鳴り続ける心臓を服の上から押さえるブリジットの表情は、緊張で強張っている。
ファーラは「最初から予定してたなら早く言ってあげればよかったのに」、と父の連絡不足に呆れた。待望の初弟子のために、ファーラは後でその辺りの教育をしっかり父にすることを決める。
「ではつなげるぞ」
椅子に座ったまま水晶に手を差し出すと、水晶にぼんやりとした光が灯った。昼からの修行の成果か、僅かながらニーロの手から魔力が放出されたのが感じ取れた自分に気付き、ブリジットは少しだけ緊張を忘れる。
水晶の内部で光がぐるぐると回ると、応じて鏡にも影が生じた。ファーラがこっそりと「枚数が少ない時は映像を選別してしまうので喋るまで映らないのです」と教えてくる。
ややあって、鏡に何人かの女性たちが映し出された。同時に、水晶の上に「20」という数字が浮かび上がる。ファーラ曰く、参加している人数らしい。
「急な召集にも関わらず集まってくれたことを感謝します」
ニーロが丁寧に頭を下げると、中央の鏡に映っていた、花が付いた白いフードを被っている金髪の女性が黄金に輝く双眸を細めた。
『構いませんよニーロ、あなたが召集をかける時はいつも大事な話がある時ですからね』
後ろでやり取りを聞いているブリジットははてと内心で首を傾げる。敬語ではあるが、まるで目上の者のような口振りに聞こえる。しかも、ニーロのことは呼び捨てだ。見たところ30代前半から半ばほどにしか見えないのだが、もしかして魔力至上主義者のひとりで、魔力がとても強いのかもしれない。何せ能力は見た目では分からないのだから。
(……それにしてもお綺麗な方)
そんな状況でないにも関わらず、ブリジットは思わずその女性に見とれてしまう。それほどまでに、精巧な容姿をしていた。
『それで、今日の用件は後ろのお嬢さんなのかしら?』
次に話し出したのは黒に近い銀色のストレートロングヘアーの女性だ。クールな眼差しも髪と同じ色をしている。と、そこまで彼女を観察してからブリジットは遅れて自分が相手側から見えていることを自覚した。咄嗟に背筋を伸ばすと、水晶の向こうから何人かの「そんなに緊張しなくていいよ」の声が聞こえてくる。
「ああ、彼女のことだ。実は」
ニーロが紹介に移ろうとするが、それに先んじて水晶の向こうの面々が喋りだした。一斉に喋っているせいか選別が追いつかず鏡は影を映している。
『また魔女裁判の被害者なのね』
『今月多すぎないか? もうその子で三人目だろ』
『何でも最近王都とか副都の教会の執行部隊があちこちに遠征 してるんですって。そいつらと、あとは多分その煽りで各地の教会が点数稼ぎしてるんでしょ』
『迷惑な話ですわ~』
『でー、その子の引き取り先よね? 前回に引き続きで悪いけど、うち今引き取れる余裕ないのよね』
『うちも』
『あたしは平気だよ』
『私も大丈夫です』
次から次へと差し出される「うちで引き取るよ」の声に、ブリジットは慌ててニーロに視線を向けた。「私他の魔女の元に送られるんですか」と悲壮な顔をするブリジットを軽く見上げてから、ニーロは少し大きめに咳をする。魔女たちの会話が少し間をおいて止まると、改めて口を開いた。
「今回は引き取り先を探しているんじゃない」
聞き逃しがないように、とでも考えているのか、ニーロははっきりかつゆっくりと言葉を紡ぐ。水晶の向こうでは何人かが気付いたのか「まさか」とそわそわした声をあげていた。その予測は、すぐに答えが示される。
「この娘、ブリジットを私の弟子として迎え入れることにした。今日は、その紹介だ」
言いきられると、溢れていた声が一気に凪いだ。だがそれも束の間。次の瞬間、爆発するような驚きの声と歓喜の声、そして非難の声が一気に溢れ出てくる。小部屋にいるため音がよく反響し、女性の高い声というのも助け耳が痛いほどだったが、さすがに失礼なので耳は塞げなかった。
『えええええっ、嘘ついに? ついに弟子取るの? やったじゃん!』
『よかったー、私ニーロ様魔女を継承しないつもりなのかとばっかり思ってました』
『馬鹿ね、そんなわけないでしょ。こんなに魔女のこと真剣に考えてる方なのに』
『まあまあまあ、ついに弟子を取るのね! お祝いしなくちゃ』
そんな比較的良い声が聞こえてくる反面、
『ちょっと、あんたが弟子? 本気で言ってるの? どうせ育てられやしないんだから他の魔女の弟子に継がせなさいよ』
『切羽詰って無理やり言うこと聞かせてんじゃないの~? 魔法にかけてないか調べさせた方がいいんじゃない』
『魔女狩りの恐怖よりマシとでも思わせるように騙してるんじゃないのか? まったく、やり方が姑息だな』
――そんな、批判的な声も聞こえてくる。
そのまま当然のように、ニーロに対して好意的な面々と批判的な面々が音声越しに喧嘩を始めた。当の本人は沈黙を貫き、黙っているように見えるファーラは小声で好意的な面々を応援している。
しばらく続くかと思われたその喧騒は、しかし唐突に止まった。
そのきっかけとなったのは、ドンッ、という大きな音。まるで固いものを殴りつけるか蹴りつけるかでもしたかのような音は、小さな部屋を反響し、増幅して姦しく騒ぎ立てる魔女たちの言葉を封じる。
同時に、視線がひと方向に集まった。魔女たちの視線も、ニーロの視線も、ファーラの視線も。――床を思い切り踏みつけた、ブリジットに。揺れるロングスカートが、その衝撃の強さを語っている。
「ブ、ブリジット、さん……?」
俯いた状態のブリジットにファーラが恐る恐る声をかけると、ブリジットはぱっと顔を上げた。その顔には、先の乱暴な動作が嘘のような明るい笑みが浮かんでいる。
「お初にお目にかかります、魔女の皆様。このたび空間の魔女、ニーロ・リッドソンの弟子となりました、ブリジット・ベルと申します。師からは魔女になれば危険なことは多いとの注意も受けましたが、救われた恩に報いるためにも、弟子になることを、自ら、申し入れさせていただきました。皆様におかれましては、ご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
はっきりとした口調で言い切り丁寧に頭を下げると、ブリジットは再び背筋を伸ばした。その無礼なのか慇懃なのか分からない立ち居振る舞いに、すっかり魔女たちは言葉を無くしている。
奇妙な沈黙に、通信でつながる全ての空間が支配されていた。その様を見て、ファーラは「やるぅ」と言わんばかりに笑みをこぼし、ニーロも意外な状況に思わずといった様子で頬を僅かに緩める。
『ぷっ』
不意に水晶の向こうで噴き出す声がした。かと思うと、鏡の中央に少女が映し出される。
最初に目に入ったのは、何枚もの羽や宝石がついた、緑寄りの青緑を基調とした帽子。そこから零れる髪は、緑色の光沢がある灰色をしていた。特徴的なその色はブリジットに何かを思い出させる。
だが、それが何かを思い出す時間は与えられなかった。手を叩き合わせ、少女は大きな声で笑い出す。
『あっはっはっはっはっ、やだその子面白い! わたし好きよこういう子』
少女は満足するまで笑うと、大きな黒色の目の端に浮かんだ涙を指先で拭った。
『いいじゃない、自分で選んだんでしょ? だったら周りがとやかく言うことじゃないわ。弟子を取ること自体に規制はないんだから。なんならわたしが後見人やるわよ?』
後見人とは、年若い魔女やいずれ魔女になることが決まっている弟子の後ろ盾となる先輩魔女のことを言う。必ずしも必要というわけではないが、いると何かと融通してもらえることがあるため、後見人がいる魔女は多い。
――そのことをブリジットが知るのは、この魔女会義が終わってからになるため、今の彼女は鏡の少女が「自分の味方になる」と宣言したことだけが察せられた。
「それはありがた」
『あらあらあら、いやぁよぉイシュルカ』
明らかな味方宣言にニーロが素直に礼を述べようとしたのを、柔らかい声音の女性が発した非難の声が遮る。鏡に映ったのはニーロよりも十は年上そうな女性で、綺麗な灰色の髪は顔の右側で蔦によってまとめられていた。ふくよかな頬のラインと、非難している最中なのになお穏やかさを映す緑色の双眸が、その雰囲気を大変優しいものに変えている。
『ニーロの弟子の最初の後見人には私がなるってずぅぅっと前から決めてるんだから、取っちゃ嫌よ』
言葉は非難しているが、口調が柔らかいので責められているようには聞こえない。ブリジットは叔母が従妹に文句を言っている時の様子を思い出した。
『はいはい、ごめんねロージー。あなたの可愛い甥っ子の子育てをようやく手伝えるんだものね、邪魔しちゃ駄目ね』
両手を肩の高さに上げ、イシュルカと呼ばれた少女は大仰に肩を竦めて見せる。こちらも年若く見えるが、喋り方や呼び方はまるで友人のようだ。一方のロージーと呼ばれた初老の女性は、「そうなのよ、やっとこの時が来たわ」と嬉しそうに笑っていて、特別気にした様子を見せない。
『あんたら! 勝手なこと言ってんじゃないよ。外れ者が弟子を取るなんて許されるわけないだろう!』
『そうよ! 私は反対です。その男の契約は別の魔女の弟子に継がせるべきです。男の思考が入った魔女なんて、これ以上魔女を穢さないで欲しいわ』
『何馬鹿言ってんだか。あんたたちこそ勝手なこと言ってるんじゃない。ニーロ様は正式に魔女を継いだんだ。弟子を取る権利も義務もある』
『毎回否定派の方の意見聞くたびに思うのですけど~、本当にニーロ様のこと見てらっしゃいますか~? ニーロ様の思想は間違いなくあなた方より平和的ですわ~』
『そっすよねー。あたしもニーロ様が弟子を取っても何の問題もないと思うっす。だってニーロ様めちゃくちゃ真面目じゃないっすか』
『あんたたちの頭がお花畑過ぎんのよ! 男にどんな思いさせられたか忘れたの!? コイツだって本性暴かれれば似たようなもんよ』
『あら、そんな暴くような本性あればとっくの昔にばれてると思うわよ?』
再び会話が混乱してきた。鏡も影を映すだけとなり、ブリジットはちらりとファーラに視線を向ける。いつもこうなの? と小声で尋ねれば、同じく視線を返してきたファーラはこくりと頷いた。お父さんの話題になると、と。
『皆さん』
喧騒の隙間を縫うように声が放たれる。その声にブリジットは覚えがあった。この魔女会義で、最初に喋った金髪の魔女だ。ブリジットのように大きな音を出したわけではないのに、自然と魔女たちは静まり返る。
『それぞれ思うこともあるかと思いますが、ニーロは正式な魔女であり、魔女が弟子を取るのは当然のこと。そこを否定することは出来ません。そうですね?』
穏やかな声音が問いかければ、先程まで大騒ぎしていた面々は、悪戯がばれた子供のように小さな声で「そうですが……」と返した。それを受け、鏡の中で金髪の女性が微笑む。
『では、生命の魔女、グレース・アディソンの名において、今この時より、ブリジット・ベルをニーロ・リッドソンの正式な弟子に認定します。――ニーロ』
宣言を受けると、水晶の向こうからは喜ぶ声や悔しがる声がいくつか聞こえてきた。それに安堵していると、金髪の女性こと生命の魔女、グレースがニーロに呼びかける。ニーロが返事をすると、グレースはにこりと優しく微笑んだ。
『後日ブリジットを連れて顔を見せに来てちょうだい。ああ、もちろん、ファーラも連れてきてくれていいですからね』
「承知しました。ありがとうございます、グレース様」
ニーロがゆっくりと頭を下げると、グレースは「楽しみにしていますよ」と軽く手を振る。
「――私の不徳の致すところで、会議を騒がせてしまって申し訳ない。本日の用件はこれで終了です。何か他に用件がある者は――」
問いかける言下、魔女たちの言葉が一斉に放たれた。言葉の詳細はそれぞれ違うが、示すところはただひとつ。「自分たちもブリジットに直接会わせろ」、だ。純粋に会いたいからという者。新たな弟子を歓迎したい者。ニーロのことがまだ信じられなくて直接確認したい者。
自分が先だ、と主張する者が多くいたが、自然と争われたのは四番目以降だった。その理由は、三番目までが確定しているため。一番目に名乗り上げたのは、ロージーと呼ばれた魔女だ。
『明日! 明日の午前中に行くわ。いいでしょうニーロ?』
神速を尊ぶにもほどがある彼女の要求に、それでもニーロが頷いたため、一番目はすぐに決まった。この二人の関係性では仕方ない、と皆が納得したためでもある。
『ニーロ様、ブリジットさんのことを記録しなくてはいけませんので、わたくしも明日伺ってよろしいでしょうか?』
二番目に主張したのは紫陽花色の長い髪の女性で、つぶっているかのような細目のため目の色は見えない。代わりに額で輝く、鮮やかな碧玉の宝石がついた金色のサークレットが印象的だった。
「ああ、君は仕事だからな。迅速な対応に感謝する」
『とんでもございません。それでは、明日お伺いしますね。……ロザリア様とお時間ずらした方がよろしいでしょうか?』
頬に手を当ててサークレットの女性が首を傾げるが、ニーロは「別に構わん」と軽く返し、ロージーことロザリアは「やだわ、むしろいてくれないと」と手首を縦に振る。ロザリアの言葉にブリジットは疑問を抱いたが、言われたサークレットの女性は納得したように頷いた。
『そうですか、では、わたくしも午前中にお伺いさせていただきますね』
口元に優雅な笑みを浮かべてサークレットの女性が頭を下げる。これで二番目が決まった。最初に主張したグレースは「私はふたりの後でいいですよ」と自ら許可したので三番目になっている。
四番目はしばらく決まりそうにないので、結局魔女会儀はそれから十分ほどで解散となった。映像も音も消えて室内がしんとなると、ブリジットは大きく息を吐き出す。
「…………やっちゃいました……ごめんなさい……」
この世の終わりかというほどの絶望感を撒き散らし、ブリジットは顔を隠してしゃがみ込んだ。反省しているのは、もちろん先ほどの暴挙である。
「初対面で、あんな喧嘩を売るなんて、私は何てことを……お師匠様の立場も考えないで……」
「まあまあ、言っちゃったもんはしょーがないですよ! むしろ僕は『よく言ってくれた』と拍手喝采を送りたい気分です」
飛び込むように抱きついてきたファーラに視線をやると、この上なく嬉しそうな表情で親指を立てられた。彼女には大好評のようだが、師はそうはいくまい……と恐る恐る視線を上げる。あちらもブリジットを見下ろしていたので、視線はすぐにぶつかった。が、心配していた怒りは、そのラズベリーの双眸に灯っていない。むしろ――どこか、面白そうだ。
「もう少し大人しい娘だと思っていたが……なるほど、私が見つけられなかったわけだ」
「え?」
「あはは、そりゃそうですよねー、死刑の前に自力で逃げ出してきちゃうような人ですもんねー。大人しいわきゃないですよねー」
ひとりごちるニーロの言葉の意味を問おうとするが、抱きついたままのファーラの楽しげな声にさらわれてしまった。気にはなったが、それは後日にしようとブリジットは思考を切り替える。
今はただ喜ぼう。無事に弟子として認められたことを。魔女たちに喧嘩を売ったことを怒られないことを。
そして嘆こう、一定数確実に師を理屈抜きで嫌っている者たちがいることを。その者たちによくない目で見られている現実を。
世界で唯一の男の魔女、ニーロ・リッドソン。その弟子となったブリジットの前途は多難である。




