第6話 「裏切りと約束」⑤
思いがけず空気が緩んだ時、ようやく正気に戻ったユリウスが掠れた大声を出す。再び空気にピリッとした緊張が走る中、その視線は目前のローレンスにのみ向かっていた。
「テメェ何しやがった! 何で俺の神器が使えるんだ! 神代神器は高い≪太陽の力》がなけりゃそもそも反応しねぇし、何より神代神器は所有者を選んだら他の奴には使えなくなるはずだろ!?」
ユリウスが混乱した状態で怒鳴りつけると、ローレンスは肩にサーベルを担いで笑って見せる。
「ん? ≪太陽の力》が高いのは見た通りだろ。それに、俺は選ばれたわけじゃなくて、受け入れられたんだよ」
受け入れられた? ますます混乱を深めるユリウスを見て、ローレンスは天井に目をやりながら手袋をはめた左手で顎をさすった。
「俺が知らないってことはお前入ったの五年か四年以内だよな。知ってるか? 元第四の隊長だった奴」
示された単語は、同じように聞いていたブリジットには理解出来ないもの。けれど、ユリウスにとってはそうではなかったようで、その双眸は限界まで見開かれる。
「第四……? まさか、『万操』のエイムズか――?」
問われた言葉に、ローレンスは浮かべた笑みで答えを返した。
神代から存在する神代神器と人が研究の末作り上げた亜神器。
その違いは多々あるが、使用者の制限もその違いのひとつだ。亜神器は選ばれさえすれば誰にでも使えるようになっており、たとえばリーヌスやコンラッドの亜神器も、本部に戻れば使える者が他にもいる。
一方で、神代神器が選ぶ主は同時に一人だけ。元の持ち主が死んで初めて、次の主を選ぶのだ。つまりそれまでは、どれほど≪太陽の力≫が強くても選ばれた者以外は神器の発動は出来ない。
しかし、極々稀にそのルールから外れる者がいる。神代神器にも亜神器にも、選ばれるのではなく、使用を受け入れられる存在が。
どんな神器も扱える彼らを、執行人たちは敬意を込めてこう呼ぶのだ。『万操』、と。
噂でしか知らない奇跡の人物に一瞬呆けたユリウスだが、次いで沸いた疑問に気を取り直したようにローレンスを睨みつけた。
「本当に本人かよ? だってローレンス・エイムズは魔女に殺されて死亡したって話だぞ」
「何だよ本当にそうなってんのか。噂に聞いてまさかとは思ってたけど……アンドレの奴上手くやったな」
舌打ちして大げさに悔しがるローレンスが出した名前に、ユリウスは目を細める。
「……そいつ第四の前の隊長だろ。あんたの後に隊長になったけど、遠征だっつって向かった先で魔女にやられて部隊を壊滅状態にした奴」
確かそん時死んだんだっけか。
そう独り言ちたユリウスは気付かない。ローレンスが持ったままの神器が輝き続けていることに。
負けるはずがないと思っていた魔女たちに敗北し、捕らえられ、寄る辺の神器すら使用されてしまった。
自覚していないようだが、今のユリウスは混乱と失意で確かに心が折れてしまっている。抵抗を司る神器に耐えられていないのだ。
そして、そんな彼に視線が向いている一同は気付かない。マヤが浮かない顔でローレンスの背中を見つめていることに。
「で? その前隊長が何を上手くやったって?」
時折苦しげに咳をしながら、ユリウスは自分から会話を続ける。ローレンスは昔日を思い出す様に、寂しげな色を目に灯した。
「俺は魔女にやられたわけじゃなくて、見回り中アンドレに背中から刺されたんだよ。それを隠して隊長までのし上がったんだ。上手くやったろ? ……でも、あいつばっかりが悪いんじゃないんだよな、あの時のは」
その当時のことはよく覚えている。万操と持て囃されていたローレンスは、今思えば殴りつけたいほどに調子に乗っていた。30歳の若さで実働第二位の部隊の隊長となり、実績も次々に重ねていたので、万能感に囚われていたのだ。
だがその一方で、部下への配慮を忘れてしまっていた。なまじ出来る男であったため、出来ない相手の気持ちが分からなかったのだ。
何でも自分でやった方が早い、とワンマンになっていたローレンスに、アンドレは何度も進言してくれていたが、結局それを聞き入れなかった。
そして二年が経ったある日。ついに嫌気が差したのか、あるいは恐縮する部下たちを哀れに思ったのかもしれないが、彼の刃はローレンスに向いた。その時涙を流しながら「あなたがもっと周りを見られる人ならば」と言ったアンドレの顔は、今も忘れられない。
その後無理な遠征をしたと聞いた時も、ローレンスの後継としてその座に就いた重責から、無茶をしたのだろうなと思った。それほど、慎重で責任感の強い男だったから。
「覚えとけよ若いの。視野の狭さは、そうと気付いた時、とんでもないくらい自分に跳ね返ってくる。よく周りを見て、色々な価値観があることを知った方が身のためだ」
真顔で忠告するが、ユリウスはそれを一笑に付す。
「くだらねぇ。そんなのあんたらの神に対する忠誠が足りなかっただけだろ。神に仕える身であると自覚してそのことに誇りを持ってれば、隊長がどうだろうと部下がどうだろうと関係ないはずだ。自分が神に対して忠実であればいいだけなんだからよ。第四がそんな情けない部隊だったとは、今の姿からは想像できねーな」
おかしな呼吸をするユリウスの視線は、徐々に焦点が合わなくなりはじめていた。抵抗心がどんどん減っているため、意識を保つ意思にまで影響が出てきている。気付いたローレンスは少しだけ神器の出力を抑えた。
「……いい機会だから教えてくれよ。今、第四ってどうなってる?」
会話を続けて引き続き警戒心を取ろうという狙いで、けれど同じくらい本気で気になっていることを、ローレンスは尋ねた。ユリウスは「どうもこうも」と皮肉げな笑みを浮かべる。




