第6話 「裏切りと約束」④
連絡の通り十分ほどしてから、家の玄関がノックもなくガチャリと開かれる。
「来た。お待たせ」
短く告げながら入って来たのは、濃い緑の帽子を被り同色のマントを纏った女性だ。帽子の下からは若葉のような明るい黄緑の髪が覗き、双眸は明るい黄色。
腰には道具袋に吊るされた各種の道具たちが揺れていた。重くないのかと言いたくなるそれに、思わずブリジットの視線は釘付けになる。
その彼女の後ろには、黒味がかった緑の髪と目をした壮年の男性が続いた。後頭部には短い尻尾が出来ており、顔の横には縛りきれなかった髪がいくらか垂れている。がっしりとした体型をしており、顔立ちは男らしい。
「来てくれて助かる。夜分にすまないがローレンス、君の力を貸してくれ」
ニーロが手を差し出すと、男性――ローレンスは笑顔でそれに応じる。
「いえ、俺も起きてましたので、どうぞ気になさらないでください。皆さんのお役に立てるなら光栄です」
そのやり取りを聞き、ブリジットは「そうだった」と思い出した。
魔女を呼ぶとあってすっかり彼女を主役に考えていたが、元々ニーロが呼ぼうとしていたのは彼の方である。
では、彼は一体どんな人物なのか。流石に急ぐだろう現状を鑑みてブリジットは沈黙を貫くが、ニーロが体の向きを変えて腕をブリジットに伸ばした。
「マヤ、ローレンス、私の弟子のブリジット・ベルだ。ブリジット、こちらは魔道具の魔女マヤ・オルミと、彼女の元で暮らしているローレンス・エイムズだ。ローレンスは元執行人でな、とある特技があるので来てもらった」
よろしく、とマヤとローレンスの声が揃う。完全にぴったりだったタイミングに少し驚きながら、ブリジットは丁寧に頭を下げ挨拶を返した。
ついでに「とある特技」について尋ねてみるが、それについては見ていれば分かると言われたので、大人しくユリウスを囲みだす魔女たちの輪に加わる。
「起こすぞ」
気絶したまま項垂れているユリウスの頭に手を置き、ニーロは気つけの魔法をかけた。
ややあって、ユリウスの瞼がぴくりと動き、重々しく持ち上がる。ゆっくりと顔を上げたユリウスは一瞬自分に何が起こったのか理解出来ていない様子を見せたが、すぐに正気に戻り立ち上がろうとした。
しかし、それは足を縛るロープに阻まれてしまう。倒れかけたのを彼の前に立ったローレンスに引き戻された。
「何のつもりだ魔女ども! 拷問されようが俺は何も言わねぇぞ!」
叫んだ言下、ユリウスは激しく咳き込んだ。先の戦闘のダメージがまだ抜けていないようだ。そんな彼を見下ろし「おー、元気元気」と軽い調子で笑ったローレンスは、ニーロに顔を向ける。
「こいつの神器ありますか?」
問われ、ニーロは壁際に置いていたサーベルを手にした。掌から伝わる感覚は、それが鉄の塊以上の何かだということをニーロに伝えてくる。
これは全ての男に流れている≪太陽の力≫がニーロにも流れているため、それが神器に反応して起こっている現象。ニーロはそう判断していた。だがニーロの≪太陽の力≫は強くはない。それは、子供の頃魔女と判別される前に判定されていた。
ローレンスがニーロからサーベルを受け取ると、ユリウスは馬鹿にしたように笑う。
「言っとくが、神器は男なら誰にでも使えるわけじゃねぇぞ。一定以上の≪太陽の力》が必要なんだ。悪魔のねぐらにいるような野郎に使える代物じゃねぇ。それにそいつは」
「ああ、抵抗を司る神代神器か。こりゃ随分良い神器に当たったなお前。俺がいた頃は使える奴いなかったぞ」
「――――――は?」
あっさりと言い当てられ、目を見開いたユリウスは思考を停止させ思わずと言った様子で言葉を取りこぼした。そしてその反応が、魔女たちにローレンスの言葉が正しいことを知らしめる。
「『神の御業よ、人の世憐れみ慈しみ、情けを以て顕現召されよ』。――こんな感じかな」
サーベルをかざすと、鈍い光が刀身に灯った。近くにあった空のカップを対象とし、手で口の部分を掴む。すると、カップはさして力も入れずに割れてしまった。女性陣はどよめき、ニーロは口元に手を当てる。
「抵抗……そうか、あれは魔法の抵抗力や反撃しようという抵抗心に作用していたのか」
納得した様子を見せるニーロの顔をマヤが覗き込んだ。
「ニーロ様何かあったの? 執行人が入って来た、としか言ってなかったけど」
「さっきお父さん、ひとりで何とかしようとして負けたんですよ。攻撃得意じゃないくせに」
ニーロに先んじて答えたのは、まだそのことを怒っているらしいファーラだ。一歩後ろにいた彼女に視線を向けていたマヤは、改めてニーロを見上げる。
「駄目だよニーロ様、サポートはともかくメインで戦うと弱いんだから、人呼ばないと」
全く悪気も嫌味もない純粋なアドバイス。真っ直ぐな眼差しに少しの間沈黙してから、ニーロは「そうだな」と答えた。そんな彼に笑いが起こる中、ローレンスだけは苦い笑みを浮かべている。
「ファーラちゃん勘弁してやれー。お父さん心配だったんだろうけど、男の失敗はぺちゃくちゃ言いふらすもんじゃないぞー」
同じ立場だったら笑われたくないと心の底から思いながら、ローレンスは緩い口調で注意した。ファーラは不服そうに、それでも「はーーい」と一応の返事をしてみせる。
「――っおい!」




