第6話 「裏切りと約束」③
意識を手放したユリウスに対し、まず行ったのは拘束だった。両腕を腰の後ろで縛り上げ、両足を揃えて足首で縛り上げる。それから、ニーロが治癒魔法をかけた。
「何でそんなこと……」
救援に来た魔女二人とファーラは隠さずに文句を言う。過激な思考の三人に、ニーロは呆れた様子で眉を寄せた。
「訊きたいことがあると言っただろう。瀕死の状態で放置して死なれても困る」
敢えて完治ではない状態で治療を止め、ユリウスを椅子に座らせ胴体を背もたれに括り付ける。そこまでしてから、ニーロはこめかみに手をやった。
「さて、執行人のことだから〝彼〟を呼びたいんだが、マヤは起きてるか……」
時間も時間なのでニーロが懸念するが、腕を組んで立っているイグナシアと窓際で椅子に座っているウィルマは、揃ってそれが杞憂だと返す。
「あの子は昼夜が逆転してるから、今の時間ならむしろイキイキしてるわよ」
「今頃研究室にこもって次の魔道具の作成に勤しんでるでしょうね」
想像のつく様子に、ニーロもすぐに納得して伝達の魔法を使い始めた。
道具を使わないで遠方にいる相手につなぐのは難しいことなのだが、得意分野(空間魔法)と系統が似ている分、ニーロは比較的容易にそれを行える。もっとも、伝達の水晶を使わないのは相手がすぐに出ないと分かっていたから、なのだが。
「(……マヤ様って?)」
こそっとブリジットが尋ねると、ファーラも同じような声量で「魔道具の魔女様です」と答えた。
「(魔女になる前からとにかく研究熱心な方だったみたいで、かつては『魔道具の弟子』って呼ばれてらしたそうです。その呼称があったから、魔女になってすぐに冠名が決まった珍しい魔女様なんですよ)」
冠名は得意な魔法、あるいは功績から付けられるもの。つまり、ある程度時間が経たなくては付かないものだ。それがすぐに付いたという事実は、件の魔女を知らないブリジットにも彼女の魔道具への傾倒ぶりを理解させる。
「(ところでアリクアンドって? それに、冠名って弟子にも付くの?)」
「(アリクアンドは昔は弟子全般を差していたようですが、今は区別するために通称が付く時だけ使う名称になってます。ただ、通称自体は滅多には付きませんから、ほとんど使われてませんね。誰かが言い出したことを色んな人が使うようになって、気が付いたら付いてる感じなので。あ、ちなみに、説明する前から言っちゃってますが、付く場合は冠名とは言わず通称と言われるですよ)」
「あなたの時は広まるの早かったわよね、ファーラ」
比較的近くにいたため聞こえていたのか、イグナシアが話に参加してきた。小声で話していた二人の会話が聞こえていなかったウィルマは「何が?」と静かに問いかける。
「弟子の通称について話してたから、『あなたの時は早かったわよね』って」
イグナシアは弟子二人の会話の大筋を端折り、自分が参加した部分だけを抜粋して説明した。ウィルマは納得したように、涼やかな視線を、少し困った顔をしているファーラに向ける。
「知識の弟子ね。確かソフィ様が仰ったのだったかしら。アレッタが新聞に書き込んでたから一気に広まったものね」
知らない名前や状況が次々と出てきて、ブリジットはいつも通りファーラに尋ねようとした。が、何やらそわそわとした様子を見せている。
「どうしたの?」
珍しい、と思いつつ尋ねると、ファーラは小声でもにゃもにゃと言いながら指先をいじくる。
「……何か弟子の説明するたびに僕の自慢話みたいになっちゃってますけど、僕別に、自分のこと話したくて通称の話したわけではないんです……」
困った顔の理由はそれか。納得して、ブリジットは思わず笑いをこぼした。
「そんな気にしなくても、今更ファーラちゃんが優秀なんて話聞いても『知ってる』ぐらいしか思わないよ~」
「う~~、ブリジットさぁん」
慰めるように抱きしめると、珍しくファーラは情けない顔をしてブリジットを抱きしめ返す。そんな彼女たちを見て、魔女二人は顔を見合わせた。
「何か余計なこと言っちゃった感じ?」
「小さい弟子がいないから分からないけど、子供を片方だけ褒めるのは良くないっていうあれかしらね」
人を育てるのは難しい。何故かこのタイミングで改めて思ってうんうんと頷き合う魔女達に、ファーラを解放したブリジットがそっと近付く。
「イグナシア様、ウィルマ様、タイミングが掴めなくてご挨拶が遅れて申し訳ありません。ブリジット・ベルと申します。この度は助けていただきましてありがとうございました」
ブリジットは助けを呼んだ段階ですでにファーラから彼女たちの説明を受けているので、とりあえず自分の自己紹介と礼を済ませた。
その彼女に、イグナシアは華やかな笑みを咲かせ、ウィルマはゆっくりと頭を下げる。
「どういたしまして。ところでブリジット16歳だったかしら? うちの姪っ子年が近いんだけど、今度会いに来てくれない? 年の近い魔女とお友達になりたがってるのよ」
姪っ子さんですか? と問えば、復活したファーラが「光の魔女、ドリス様です」と教えてくれた。
次から次へと新しい魔女の名前が増えて、ブリジットはやや混乱し始める。それでも今まず必要なのはイグナシアの誘いに対しての返事だ、と考え、「喜んで」と笑顔を添えて返した。まだ魔女ではない、という無粋な訂正はこの際しないでおく。
「うちは若い弟子は引き受けてないから年の近い子はいないけど…………いつでも来てくれていいわ」
涼やかな表情の下で何やら葛藤があったように見えたのは気のせいだろうか。
「そうそう。師匠と一緒にね」
付け足したイグナシアの顔にはからかうような笑みが浮かんでおり、ウィルマは微かに眉を寄せて顔をそらした。
「…………その顔やめてちょうだい」
はーい、とイグナシアが軽い返事をしたところで、連絡がついたらしいニーロがこちらを向く。
「十分ほどで着くそうだ。それまで少し待っていてくれ」
「あ、じゃあ僕お茶入れてきます」
そんな場合じゃないとも思ったが、緊張し続けているのも良くないだろう。ニーロはキッチンに駆けて行った娘と、手伝うべくついて行った弟子を引き留めずに見送った。




