第6話 「裏切りと約束」②
吹き荒れたのは突風。ユリウスはその場から退き、ニーロは上半身を起こした。その前に、ハンマーを敵に向けて仁王立ちする小さい背中。
「だったらお前には僕が分からせてやるですよ! 人参突っ込んでやるからズボン下ろしてケツこっちに向けやがれです!」
「ファーラちゃん何言ってるの!?」
「ブリジットさんは分からなくていいことです!」
「お前にも知っていて欲しくなかったぞファーラ……」
年頃の娘には言って欲しくないようなことを大声でのたまうファーラに、ニーロは思わず頭を抱える。
それから、はっとして自分の背中を支えているブリジットと、前にいるファーラの間で視線を行き来させた。
「ブリジット、ファーラ。何故出てきた! 家に入っていなさい。危ない――」
「危ないのはお父さんですよ! 攻撃系の魔法大の苦手の癖に、何でひとりでやってるですか!」
ニーロに背中を向けたままファーラが怒鳴る。本気で怒っている娘の言葉に、ニーロは自分が冷静でなかったことをようやく自覚した。
かつてのトラウマに囚われ、思考が止まってしまっていたのだ。後悔している中、サーベルを肩に担いだユリウスが「おーい」と声をかけてくる。
「もういいか? とりあえずこいつらも魔女の一味ってことで連れてくからよ。まあ副都に向かう馬車の中でゆっくり喋ってくれよ」
言下、ユリウスは再びニーロたちに向けて駆け出した。ニーロは立ち上がりファーラの肩を掴む。
「ファーラ、今すぐブリジットと逃げなさい! 他の魔女に助けを」
「お父さん、まだ混乱してるですか?」
冷静な目が、見上げてきた。すぐ近くにはユリウスが迫る。
「こんなお説教してる僕が、何もせずに表に出て来たとでも?」
言下、ニーロたちとユリウスを阻むように炎の壁が走るように生じ、その炎の壁を防ぐように銀色の光がニーロたちを包んだ。
「珍しいわねニーロ、あなたがそんなに狼狽えてるなんて」
「その男のせいかしら? ……イグナシアさん、ベリー・ウェルダンでお願い」
背後から聞こえてきた声に、ニーロは自分よりよっぽど娘の方が冷静だったなと笑みをこぼす。
「……すまない、来てくれてありがとう。イグナシア、ウィルマ」
振り向き、ニーロは声から判別した二人の魔女の名前を口にした。
ひとりは燃えるように赤く波打つ髪を高く結い上げた女性。彼女はイグナシア・グラセス。闇夜を煌々と照らして燃える炎が示す通り、炎の魔女である。
もうひとりの女性は黒に近い銀のストレートロングの女性で、前髪も左右に分けているため涼やかな目元がはっきりと見えている。彼女は防御の魔女、ウィルマ・ワードだ。
「だが殺さないでくれ。色々聞かせてもらう必要がある」
指示され、イグナシアが了承を唱える。ウィルマはあくまでもニーロたちを守るために来た、というスタンスのためか返事はしなかった。――不満げな顔だが、納得出来ないから答えない、というわけではないだろう。どきどきしながら、ブリジットはこっそりそう考える。
増援に沸くニーロサイドとは真逆に、ユリウスは面倒そうな顔をした。自分の神器が負けるとは思っていないが、多勢に無勢という言葉もある。慎重を期してここは一旦退却を、と思ったところで、周囲が完全に炎に囲まれた。
押し寄せる熱と一気に薄くなった空気に、ユリウスはぎょっとする。神器をかざすが、炎は弱まるたびに強まった。まるで地下から水が滾々と湧き出るように、威力が尽きない。
そんな馬鹿な、と目を見開いていると、炎の中からイグナシアが歩いてくる。
「攻撃魔法が得意な魔女を相手にするのははじめて? それとも魔力が強い魔女の方かしら。――どちらにしろ、学んでおくことね。攻撃魔法が得意な魔女は感情が強いから、中途半端な精神干渉には揺らがないし、強い魔力を持つ魔女は新月の夜でも大幅な力の減少がない、ってことを」
言葉に合わせてどんどん強くなっていく炎に、ユリウスは眩暈を覚えた。頭がぼんやりする。肺が熱された空気に晒されてひどく痛む。
「……悪、魔の、徒、が……」
憎々しげに搾り出すと、ユリウスはその場で昏倒した。その瞬間に、周囲を巻き尽くしていた炎が掻き消える。草が焼けた焦げ臭い臭いが、闇夜の中に充満していた。




