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魔女は契約を継承す  作者: 若槻風亜
魔女との出会い編
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第6話 「裏切りと約束」①


 客人たちが皆帰った夜半、ベッドで横になっていたニーロは閉じていた目をぱちりと開ける。


「不法な侵入――まさか執行人か……?」


 警戒を露にし、起き上がったニーロはまず家全体に防御の魔法をかけた。それから寝間着のまま足早に外へと向かう。


 空間の魔法で作られた空間、特に魔女たちが暮らす生活空間は特別なアクセスが必要な仕組みになっている。魔女たちや外に出る者たちは、これの鍵となる魔法や魔道具を使って行き来を行っているのだが、今はそれが無理やりこじ開けられた。


(そろそろ『錠前』を組み替える必要があるとは思っていたが、こんなに早く解明されるとは)


 甘く見すぎていた。ニーロは自分の判断の甘さを呪う。脳裏に思い起こされるのは、かつての惨劇。目の前で死んでいった姉妹弟子たち。血に塗れ死んでいった師。


「二度と、あんなことは起こさせない……!」


 決意を口にし外に出る。闇に慣れた目で周囲を見回すが、人の姿はどこにもない。生ぬるい風が吹けば、周囲の木々は一斉にさざめき出した。見慣れた景色が、まるで異界のようだ。


 そんなことを思った時、横から何かが飛び出してくる。自動展開した防御の魔法と、突きつけられた切っ先がぶつかり高音を立てた。そこで、ようやくニーロと侵入者――ユリウスは顔を合わせる。


「へぇ、こりゃ魔法だよな? お前魔女の傀儡(かいらい)か? それとも、お前が魔女?」


 サーベルを強く突きつけられると、防御の魔法の一部が僅かに綻んだ。内心で驚きつつも、ニーロは冷静を装ったまま腕を振るった。生じた強風に煽られユリウスは体勢を崩す。しかしそれに敢えて逆らわず、バク転で距離を取る。


ユリウスが着地すると、それを囲みこむように地面から氷の柱がいくつも出現した。捕らえたと思ったが、直後、正面の氷が蹴破られる。


 それには流石にニーロも驚いた。決して弱くない強度のものだ。鍛えていると分かるほどの筋肉があるとはいえ、とてもユリウスの標準的な体型で出来る芸当には思えない。


 恐らく彼の神器の能力なのだろう。ニーロの視線は彼の手にある鈍く輝くサーベルに向かった。


 ならば、まずはそれを封じる。今度は蔦を一面に生じさせ、彼の全身を絡めとった。サーベルもそのまま奪おうとするが、ユリウスが腕を強く引いただけで蔦は千切れてしまう。あまりの呆気なさにニーロが眉を寄せると、サーベルを振って絡まっていた蔦を払ったユリウスはにっと笑った。


「悪魔の術も他愛ねーな。まあ、俺の神器が強すぎるってのもあるんだろうけどよ」


 サーベルの切っ先が、ニーロに向く。


「どうやらお前が魔女らしいな。男の魔女がいるとは驚きだ。もしかして、お前が魔女どもの親玉か? それとも悪魔そのものか?」


 問いかけに、ニーロはどちらでもないと答えようとした。しかし、それよりも早く、ユリウスが駆け出す。真正面から斬り込んでくる彼を退けようと魔法を発動させようとし――ニーロは気だるさを覚えた。


 退けなければ、という意思が端から霧散していくような、そんな感覚に囚われる。そしてそれを振り払えない間に、切っ先がニーロの胸に突き立てられた。幸い、ギリギリで発動出来た防御の魔法のおかげで怪我はなかったが、そのまま後ろざまに押し倒される。


 衝撃に顔を歪め、ニーロは自分を見下ろすユリウスを見上げた。背後には月のない夜空が広がり、星々がまるで主役を取り合うように輝いている。


「呆気ねぇなぁ親玉。これが俺らの敵とはな」


 勘違いしたままのユリウスは、ニーロの肩口を思い切り踏みつけた。今度は魔法が生じず、そこから痛みが走る。叫び声を上げるのを耐えていると、ユリウスは嗜虐的な笑みを浮かべた。


「なあ、お前を殺して死体を晒すとの、お前を犯して醜態さらさせるの、どっちが魔女どもの心折れる?」


 吐き気がする二択に、ニーロはくっと珍しく表情を歪め、皮肉げに笑う。


「残念ながら、どちらも魔女たちに傷は付かないだろうな。私は親玉でも悪魔でもない」


 真実をそのまま口にするが、ユリウスはにこりと笑って見せた。


「それが本当なのかは後で決めることにするわ。とりあえずお前は連れて帰って、情報吐かせる。だんまりなら聖務の対象だな」


 執行人が使う聖務という言葉の意味。ニーロはそれがどんなものかをすでに知っている。だからこそ、視線は自然と責めるものに変わった。


「愚かしい。自らの快楽に耽るために行う性の暴力を、聖なるものと言える神経を疑うな」


 一体その言葉の元、何人の娘たちが、その陰に隠れた男たちが、涙を流してきたか。先日助け出した女性もまたその内のひとりだった。あの痛ましさを前に心が痛まない者を、よくも神の徒だなどと言えたものだ、とニーロは吐き気さえ覚える。


 目で、口で、その所業を責められるが、ユリウスは「馬鹿言うなよ」と堪えた様子も見せない。


「俺はそういう類じゃねぇよ。神に仇なす連中の体で高揚する方が理解出来ないっつーの。聖務ってのは、神に唾した行為を反省させるべく、その汚れた心を浄化するのが目的なんだよ。つまりな」


 一度胸からどいたサーベルが、今度は顔のすぐ横に突き立てられる。その刀身を、腕を、遡った先には、また嗜虐的な笑みが浮かべられていた。


「悪魔に傾倒する心を壊すのが、目的なんだ」


 分かってねぇな、とユリウスはくっくっと喉を鳴らす。それからもう一度ニーロの肩口を蹴りつけた。


「まあ仕方ねぇか。悪魔の徒だもんな。だから副都に戻ったら、これだけは俺が分からせてやるよ。ケツに突っ込まれて落ちた男がどんなに惨めかってのを」


 神の徒とは言いがたいその歪んだ思考に、ニーロは怒りを灯した双眸で彼を睨み上げる。


「いい加減に――!」


「しやがれですよ! このイカレドクズ野郎!!」



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