第5話 「救出作戦、始動」⑥
「これは魔道具・解呪の魔鎚です。元々はこのイシュルカ様のイタズラ対処用に作られた、魔法を解除するための魔道具です。作った方の怒りがこもっているようで、出力を変えれば強風が吹くほどの威力が出る仕組みになっていまして、ブリジットさんの腕力でも男一人をぶっ飛ばせたんです」
ひどい物作るわよねーとぼやくイシュルカをアマリアが「自業自得です」と切り捨てると、場には笑いが溢れる。
同じように笑っていたブリジットは、笑みを控えめにすると、改めてハンマーこと解呪の魔鎚の性能に感謝した。
ブリジットがファーラからこの魔道具を借りたのは、コンラッドに追い詰められているシンディを見つけ、すぐさま助けに出ようとした時だ。その時にざっくり説明を受けたが、その効果がなければきっと、ブリジットはシンディを助けられなかっただろう。
そう考えてから、ブリジットはすっと立ち上がった。突然立ち上がり一同に向き合った彼女に、気付いた者の視線が順に集まる。
ブリジットには、ここに集まる皆に言うべきことがあった。感謝すべきは、魔道具の性能だけではない。
「アーサー、ハウエル、レスター、シンディ、ルーシー。あの日、私を助けてくれてありがとう」
本当にブリジットが思っていた通り彼らに見捨てられていたのだとしたら、今ここにブリジットはいない。けれど、彼らは危険を顧みずブリジットを助けてくれた。
「お師匠様、イシュルカ様、アマリア様、ファーラちゃん、ラリーちゃん、パニーちゃん、マニーちゃん、あの日、私を助けていただいてありがとうございました。そして、私の大事な恋人と友人たちを助けていただいて、ありがとうございました」
一度深く、丁寧に頭を下げてから、ブリジットは穏やかな微笑みを浮かべる。
「ここにいる全員に出会えたこと、心の底から幸せに思います」
言葉通り幸せそうなブリジットに、魔女たちは、魔女の娘は、友人たちは、同じような笑みを返した。魔女の弟子たちは嬉しそうな笑顔を咲かせると、自分も自分もとブリジットに駆け寄り抱き付き始める。同じ行動を取りたかったのに先を越されてしまった恋人が席に着き直すと、また笑い声が溢れた。
日がすっかり落ちた時分、ホバソの町では事態が動く。
「…………やっと見つけた」
ぱちっと目を開けたリーヌスは、自身の神器から真っ直ぐに伸びる光の線を確認し、背後に視線を向けた。
「見つけましたよユリウスさん。後はあなたの神器を使えば入れます」
「おう、よくやった。よく休めよ」
リーヌスの前に出ると、ユリウスは腰に差しているサーベルを引き抜く。鈍色の刀身は星の光を反射して鈍く輝いた。
折りしも今宵は新月。魔女たちが月の女神から掠め取った魔力が最も落ちる日。――執行人たちが、最も魔女に勝てる夜。
「『神の御業よ、人の世憐れみ慈しみ、情けを以て顕現召されよ』」
詠唱を唱えると、サーベルの刀身は今度は自身から漏れ出る光で輝き出す。リーヌスが指示した方向に切っ先が向くと、何もなかった空間が裂け、中に全く別の景色が現れた。
「あれが魔女の……」
初めて見るそれにリーヌスはごくりと喉を鳴らす。その視界を遮るように、ユリウスは躊躇なく歩き出した。
「ユリウスさん! ひとりで行くんですか? コンラッドさんを連れて行った方が」
「あんな野郎いた方が邪魔だ。俺一人で行く」
ばっさりと切り捨てると、ユリウスは言葉通り一人で空間の中に消えてしまう。裂けた空間が閉じ通常の景色が戻ってくると、辺りは途端にしんとした。
ゆえに、リーヌスはすぐに近付いてくる相手に気が付く。
はっとして振り向けば、コンラッドがゆらりゆらりと近付いてきていた。その異常な雰囲気に、リーヌスは疑問を抱く。呼びかけようとするが、それに先んじてすぐ近くで足を止めたコンラッドが口を開いた。
「ユリウスは、ひとりで魔女の元に行ったのか?」
問われた内容に、リーヌスは慎重に頷く。また暴言が始まるかと思ったのだが、意外にも彼は冷静だ。むしろ、余裕をもって笑っていた。
「魔女の幇助人たちには同情的で、魔女の襲撃があった時は無駄に駆け回り邂逅を避けた。挙句、幇助人たちを連れ去らせる。極めつけはひとりで魔女の元に向かった、と」
コンラッドが挙げた内容は、ユリウスの行動。ただし、正確なそれではなく悪意に彩ったもの。
何のつもりか、と問いかける暇もなく、コンラッドはにぃと唇の端を限界まで引き延ばす。
「これはもう、神への背信。魔女に味方したと言っても過言ではないなぁ?」
害意に満ちた言葉に、リーヌスは彼の狙いに気付いて言葉を飲んだ。
「コンラッドさんそれは……っ!」
反論しようとした直後、頬を思い切り張られる。頬に走る熱と痛み、歯とぶつかって頬の内肉が切れたのか、口の中に血の味が広がった。耳鳴りすら起こしリーヌスが顔を歪めると、コンラッドは小さな頭を鷲掴む。
「口答えするならお前も反逆者として報告するぞ? そうなれば、お前が育った孤児院もどうなるか分からんなぁ?」
近付く顔は、元の秀麗さなど感じられないほどに悪意で歪んでいた。僅かの間だけその目を見ていたリーヌスは、すっと視線を地面に下ろす。
「……分かりました。従います」
ぼそりと恭順を示せば、コンラッドは満足げに鼻を鳴らしてリーヌスを放り出した。その際に地面に転がった彼に、コンラッドはまるで興味を示さない。
「本部に通信を入れておけ。背信者が出たので回収人を遣わせてくれ、とな。……ふっ、これであのドブネズミも終わりだな」
高笑いと共に去っていくコンラッドに地面に転がったまま返事をしたリーヌスは、唇を噛み締め土を握りしめる。
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