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魔女は契約を継承す  作者: 若槻風亜
魔女との出会い編
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第5話 「救出作戦、始動」③


 教会の一室。狭い部屋の中で、包帯まみれのレスターは浅い呼吸を繰り返してベッドに横たわっていた。その傍らにはシンディが椅子に座って俯いている。次々浮かぶ涙は目に溜まることなく膝の上に握りしめた手の甲に落ちていた。


「……レスター、私、あんたのこと、素直に好きって言ってればよかった……」


 後悔と、絶望と、悔しさと、怒り。失ってしまったものと、失ってしまうかもしれないものが怖くて、頭がまるで働かない。今すぐ起きてくれればいいのに。今すぐ抱きしめてくれればいいのに。そんな願いは、嘲笑うように過ぎていく時間に追いやられていく。


 胸が詰まるような静かな時間が過ぎる中、不意に廊下が騒がしくなった。


「おっ、お待ちください! お待ちくださいコールダー執行人! 今はお入りにならないでください!」


「いけません、ここには怪我人が……!」


 聞こえてきたのは女性たちの慌てた声。シンディをここまで連れてきてくれた、そしてレスターを看病してくれていた老いたシスターたちの声だ。その声に、そして彼女たちが口にした名前に、シンディはがたりと立ち上がり身を竦ませた。あの男が来ている。レスターを傷つけ、自分を汚したあの男が。


 どくどくと心臓が嫌な音を立て、冷たい汗が浮かんでは皮膚を滑っていく。徐々に乱れていく呼吸は整えようと思っても整わない。


 そうこうしている内にシスターたちを振り払ったコンラッドが無遠慮に扉を開けた。


「理解力のない老いぼれどもが。魔女が町に出たということは、この罪人を奪いにくる可能性が高いと分からんのか。……ん?」


 不愉快そうな顔をしていたコンラッドは、中にシンディがいると分かるとにたりと笑みを浮かべる。ぞわりと全身に鳥肌を立て、シンディは壁際に逃げた。


「何だ、お前もいたのか。そう逃げなくてもいいだろう? いい思いをさせてやっただろうに」


「っ、何がいい思いよ! クソみたいな男に汚されて何がいい思いだっての!? 最悪の気分よ!! あんたなんか神の徒を騙ったただのペテン師の犯罪者よ! ブリジットよりあんたの方がよっぽど悪魔の徒って名前お似合いね!」


 体も声も滑稽なほど震えている。けれど、反論せずにはいられなかった。昨日受けた痛みと屈辱は、恐怖と共に、抑えきれない激しい怒りを胸に灯らせる。真っ赤になった頭は冷静さを失い、コンラッドを貶す言葉を次々に吐き捨てた。


 やがて言い切ると、それまで黙っていたコンラッドが美麗な顔に醜悪な怒りを灯してシンディを睨みつける。


「言いたいことはそれだけだな?」


 すらりと引き抜かれた神器。昨日の記憶が甦り、シンディは咄嗟にベッドの上のレスターの前に出て両手を広げた。コンラッドはその行動を鼻で笑う。


「良いことを教えてやろう。我が神器は『斬撃』。小娘ひとりの体を切り裂いたところで、威力は落ちん」


 コンラッドは残虐な笑みを浮かべ、剣先をゆっくりと天井に向けた。


「貴族にして第五執行部隊第七位の私を侮辱した罪、その矮小な命では贖えきれんからな。後ろの男と二人分――いただいておこう!」


 言葉の終わりに被り、コンラッドは強く踏み込み、天に向けていた切っ先を180度振り下ろす。応じて神器からは不可視の斬撃が発射され、過たずシンディを、そしてレスターを切り裂いた。


 ――その、はずだった。


「何っ!?」


 衝撃に思わずコンラッドは大声を出す。シンディたちに向かったはずの斬撃が、突如歪んだ空間の向こうに飲み込まれてしまった。その原因を思い至るより早く、明瞭になった空間から、一人の少女が柄の長い大きなハンマーを持って出現する。


「私の友達に――っ」


 強くハンマーを握りしめた少女は、現れた勢いのまま近付いて来た。未だに状況が把握出来ていないコンラッドは反射的に神器を構える。だが、次の動作には入れない。手の感覚はあるのに、手首から先が切られたように消えてしまったから。衝撃を受けている間に、少女はコンラッドの目前で深く踏み込む。


「手をぉっ、出すなぁぁぁっ!!」


 気合一閃。振り切られたハンマーはコンラッドの胴体を捉え、その途端に強風が発生した。コンラッドの体は少女の力で打たれたとは思えないほど軽々と浮き上がり、木の扉と激突し廊下まで吹き飛ばされる。廊下の壁に背中から激突したコンラッドは、空気を吐き出すように声を漏らし、そのまま気を失った。


 荒い息を繰り返し、乱入した少女――ブリジットは震える手からハンマーを取り落す。手に残る生々しい衝撃の感触を握り潰すように、ぐっと両手を握り締めた。


「……ブリ……ジット?」


 震える声で呼びかけられ、ブリジットははっとして振り向く。ベッドの前に立っていたシンディは、いつの間にかその場にへたりこんでしまっていた。その彼女に、ブリジットはすぐさま駆け寄る。


「シンディ! 大丈夫? 怪我してない?」


 頭や腕に触れて確認していると、すでに目元が真っ赤になっているシンディは、また新たな涙をこぼした。それは次々に溢れ、堪え切れない嗚咽が漏れ始める。自身を抱きしめ体を丸める彼女に、ブリジットはさらに慌てた。


「シンディどこか痛いの!? すぐに治療――」


「――めん、――ット」



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