第4話 「神の狗」⑨
駿馬が抜群の働きをしてくれたおかげで、それから一時間半ほど後には無事に町に到着する。斜陽に照らされる中、厩に馬を返しに行く途上、ユリウスとリーヌスは町がざわついていることに気が付いた。
「なんか見られてません?」
視線を巡らせることなくリーヌスが確信を持ったまま問いかける。それとは逆にユリウスは視線を周囲に巡らせた。ひそひそと遠巻きに話しているのは町に来てから変わらないが、町を出る時以上に向けられる視線が厳しいものになっている。
一体何が、と思っている内に厩に着くと、待っていたらしい補佐役の男が慌てて駆け寄ってきた。
「キルコリーネン執行人、バーリ執行人! お待ちしておりました」
ユリウスたちは、この町からしたらとても歓迎されるような者たちではないだろう。何せ犯人探しに来た一同で、実際に子供たちを犯人として挙げている。
それでも待たれていたとすれば、理由はふたつにひとつだろう。ひとつは、罪人とした少年少女が逃げ出して姿を消した。もうひとつは、残していたコンラッドが何か騒ぎを起こした。だが、町の者たちの状況を見るに、理由は後者だろう。
「コンラッドが何かしたか?」
予測を立てて尋ねれば、補佐役の男は一度驚いた様子を見せ、すぐに力なく俯き「はい」と小さく肯定する。続けてユリウスが何事かを尋ねた結果補佐役の男が答えた内容に、ユリウスは眉根を寄せリーヌスは天を仰いだ。
「コンラッド! テメェどういうつもりだ!」
力任せに扉を開けて、ユリウスは足音も荒く町長宅の客間に踏み込む。中にいたコンラッドは、椅子に座りながら、濡れた髪を町長宅の使用人の女性に拭かせていた。青ざめ目に涙を浮かべていた女性は、ユリウスと彼に引き連れられた面々を見て、縋るような表情をする。
ずかずかと室内に入り込んだユリウスは、女性の手を強引に引き後ろに押しやった。よろめく彼女を小柄なリーヌスが胴に抱き付くような形で受け止め、「もう行っていいですよ」と外に出してやる。廊下に出た瞬間、緊張の糸が切れたのか女性がわっと泣き出す声が聞こえてきた。その痛ましさに、町長たち町の者たちはコンラッドに対する嫌悪の表情を隠せずにいる。
「突然押し入って来て訳の分からんことを喚くなドブネズミ」
頭に残されたタオルを手に取り自ら髪に残る水滴を拭いながら、コンラッドはゆるりと視線をユリウスに向けた。いつも変わらない見下す視線を、ユリウスは同じ視線で見下ろす。
「察せねーほど間抜けだったのかよ。道理で馬鹿な真似するわけだな」
≪太陽の力≫が強ければどんな人材でも選ばれる執行人。コンラッドは正にそのマイナス面の典型だ。前々から思っていたことを、ユリウスとリーヌスは補佐の男から告げられた内容で改めて強く思った。
「例の連中に手ぇ出したそうじゃねぇか。男がひとり重傷で意識不明。女がひとり犯してショック状態。まだ罪が確定してない奴ら相手にどういうつもりだ、って訊いてんだよ。教典に『罪は神の前で定められ、罰は神の前で与えられる』ってあるの、まさか知らねぇとは言わねぇだろうな?」
頭上から降ってくる詰る言葉に、コンラッドは恐れた様子も恥じた様子も見せずに肩を竦め、脇の机に置かれているワイングラスを手に取る。照明具の灯りに透かすように目線より上に掲げ、少し揺らしてから一口呷った。その余裕のある動作が、ますます町人たちの怒りに火を注いでいく。
「魔女の逃亡を幇助したのだから罪は確定しているだろう。それに、あの男は私に狼藉を働こうとしたから反撃しただけで、女の方はただの聖務だ。犯すなどと人聞きの悪い。お前もやっていることだろう」
偉そうな口を叩く権利があるのか、と言外に込めながら、コンラッドは敢えてユリウスが同類であることを声を大にして告げた。ざわりと町人たちがどよめくが、それが大きくなる前にリーヌスがやや大きめの声で口を挟む。
「ユリウスさんも確かに聖務を行ってますが、罪が確定した人に対して、上司から指令があった時だけ、決められた場所でしか行ってません。自分の判断で決めた行動と一緒にするのはどうかと思いますけど――!」
言下、目前にユリウスの手が突然飛び出してきた。思わず声を飲んだのは、彼の手に直前までなかったはずの液体が滴るワイングラスがあったから。まだ入っていた中身がぶちまけられたことに気付いたのは、その直後。
コンラッドが持っていたワイングラスを投げつけられたのだ、と気付き、思わず元の持ち主に視線をやった。ばちりとぶつかったのは、怒りを灯したアッシュグレイの双眸。しまった、とリーヌスは今更ながら口を噤む。
「ドブネズミ同士気が合うようだが、口には気を付けろ。身分も位も違うのだぞ。身の程を知れ」
「こいつに礼儀を求めんなら、まずは俺に礼儀を払えよ第七位」
受け止めたグラスを突きつければ、コンラッドは皮肉気な笑みを浮かべて肩を竦めた。
「神器で雑用をこなした結果上がった名ばかりにか? そんな恥知らずな真似は出来んな」
燃え広がりそうなほど火花が散る中、埒が明かない、とユリウスは深い息を吐き出した。グラスを机の上に置き、コンラッドに背中を向ける。
「上位命令だ。この町ではもう何もするな。今回のことは隊長に報告する。どっちが正しいかはその時分かるだろうよ」
行くぞ、と促し、ユリウスとリーヌス、町長たちはぞろぞろと部屋を出ていった。最後に出たリーヌスが軽い音を立てて扉を閉めると、部屋にはコンラッドだけが残される。静まり返った室内で、コンラッドが歯噛みする音が響いた。
「……汚らわしいドブネズミが、今に見ていろ……っ!」
恨みで凝り固まった声は、呪いのように放たれ、聞く者もなく空気に消える。
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