第4話 「神の狗」⑧
土や草を踏んで、一頭の馬が駈足で森を駆けている。それに乗っているのはユリウスとリーヌスだ。ユリウスの腕の間に座っているリーヌスは、手に持った棒を前に向けて掲げていた。棒は上端がU字型になっており、先端には火の点いていないランプが付いている。
「あー、ユリウスさん、この先の茂み左です」
「はいよ」
指示に応じユリウスは馬の速度を少し落とし、リーヌスが示した茂みを乗馬したまま突破した。小さい枝が折れる音が少しの間続く。
「その先。その木の根がちょっと出っ張ってるところで止まってください」
次の指示にユリウスはすぐに指定の場所で馬を止めた。リーヌスはランプをあちこちに向け、まるで夜に道を探すかのような動作を二、三回繰り返す。それから、ぽすりとユリウスの胸に背中を預けて顔を見上げた。
「やっぱりここで例の子の痕跡途絶えてますねー。しばらく集中しないと探せないです。でも疲れたから休憩しまーす」
言うが早いかリーヌスは体の位置を後ろから前に変え、馬のたてがみに顔を埋める。ユリウスはそのリーヌスの頭をぐしゃぐしゃと撫でてから身軽に馬から降りた。
「追跡の神器は目への負担が大きいって言うもんな。休め休め。もう二時間近く使い続けてんだから、それぐらい気にすんな」
懐中時計を取り出し、ユリウスは現在時刻から走り続けた時間を計算する。時々馬を休ませる意味でも休憩したが、最後は30分ほど前だ。大人一人子供一人を乗せて駆け続けてくれた馬に負けぬほど、リーヌスも消耗しているのは察せられた。
リーヌスが持つ光が灯らないランプのついた金属の棒、これは彼の神器で、その能力は「追跡」だ。探す対象をどこまでもどこまでも追いかける、人探しや物探しに大変重宝される神器である。ユリウスの目には何も見えないが、所有者には使用時に光の線が見えるらしい。これを目で追い続けるのが、中々の負担なのだと言う。
「ユリウスさんはいい人ですねー。これコンラッドさんだと『甘えてないでとっととやれ』って目ぇこんなにして文句言ってきますよ」
ベルトのホルダーに神器を差し直したリーヌスは、指先で両目の端を上げた。
「あいつ貴族の次男坊だからなー。周りに気を遣うとか出来ないんだよ」
呆れたように肩を竦めて近くの木に手綱を括りつけると、ユリウスはその木の根に腰を下ろす。木々を見上げれば、漏れ差す夏の日差しにに自然と目が細まった。
「逃げた奴ってさ、本当に魔女だったのかもな」
視線を上に向けたままユリウスが話しかけると、リーヌスは周囲を見回す。
「ここでいきなり消えたからですか?」
「いや、村の奴ら見て思った。あの逃がすの手伝った奴ら」
対象となる少年少女(リーヌスから見れば全員年上なのだが)を思い起こし、リーヌスははてと首を傾げた。
「何でまたそんなことで」
リーヌスも彼らとは対面しているし、直接は話してないがユリウスの取り調べを受けている時は同席している。その結果感じたのは、どこにでもいる若者集団、というものだった。友人が、あるいは恋人が大事で、直接助けられないけどせめて逃げてほしいと願う、ありきたりで衝動的な感情からの行動だ。決して逃げた少女を魔女を疑うような要素はなかったように思える。
心の底から疑問に思っていると、ユリウスは「だってよ」と真顔をリーヌスに向けた。
「あいつら、みんな普通の連中だったぞ。それなのに神の教えに背いて悪魔の徒である魔女の手助けをするなんて、操られてるみたいだろ?」
まるでそれが当然であるかのような発言に、リーヌスは軽く眩暈がする。リーヌスも神の教えの元生きている自覚はあるが、ユリウスは度が違いすぎた。育った孤児院の教育方針の違いなのか、それとも彼自身の飲み込みが良すぎる性分のせいなのか、自分の価値観以外が理解出来ない節が見られる。
「………………あー、どうですかねー」
かの幇助人たちの思考を説明してやるのもいいのだが、ユリウスの教会至上の思想は上司達には大変好評だ。下手に触って思考を変えられ、「リーヌスに言われた」などと言われたら堪らない。長い物に巻かれる主義を徹底しているリーヌスは、曖昧な答えだけを返してまた馬のたてがみに顔を埋めた。
疲れているのだろう、と判断したユリウスはそれ以上話しかけることはせず、暇を潰すように辺りを歩き始める。
リーヌスが再び顔を上げたのは、ユリウスの姿が木々の間に消えてしばらくしてからだった。
「ユリウスさーん、再開してますねー」
リーヌスにしてみれば大声なのだが、その声量は普通の者にとっては通常の大きさ程度だろう。それでも耳の良いユリウスは遠くから「すぐ戻るー」と、こちらは普通に大声で返してきた。
それを確認してから、リーヌスは腰にさしておいた神器を改めて手に取る。
「『神の御業よ、人の世憐れみ慈しみ、情けを以て顕現召されよ』」
空に掲げて祝詞を唱えれば、ランプからは所有者以外に見えない光が溢れ、残された痕跡を探すべく周囲に一気に広がった。その光を眺めながら、リーヌスは「やはり動作発動の方が楽でいいな」と内心で独り言ちる。
神器の発動には二種類の方法がある。ひとつは今リーヌスが行ったような祝詞を唱えて発動させる詠唱型。ユリウスも同タイプで、継続使用している間は最初だけでいいのだが、使い直す時は再度唱え直す必要がある。もうひとつは神器に応じた動作を行うと発動する動作型。コンラッドの神器はこの種類だ。
長くはない詠唱とはいえ、いちいち唱えなくてはいけない手間がリーヌスには面倒で仕方なかった。とはいえ、神器はそう簡単に変えられるものではないので諦めている。武器、あるいは道具の形を取っているが、人が神器を選ぶのではない。神器が人を選ぶのだ。極々稀にどんな神器でも使いこなす稀有な人物もいるが、大抵は一度選ばれた神器を使い続けることになる。
上から重宝される神器に選ばれたリーヌス。それだけでも周りからは羨ましがられているのに、執行人の中でもちゃんとした者たちから人気な詠唱型なため、その羨望はひとしおだ。おかげで声を大にして文句も言えない。
ではそもそも何故詠唱型が人気か。それは神器の種類に理由がある。
神器の種類はこれもまた二つで、一つは神代神器という神代の頃から受け継がれている古代の神器になる。これはその全てが詠唱型だ。
もう一つは、それ以降に人が研究を重ね作り上げた人工の神器。亜神器と呼ばれ、こちらが詠唱型と発動型の二種類に分かれている。
神代神器に選ばれることは執行人の誉れと言われており、選ばれなかった者はせめて近い物をと考え詠唱型の亜神器を欲しがるのだ。
神代神器に選ばれる者は大抵が上位組織に入るのだが、本人の希望などから執行部隊に残る場合も多い。ユリウスも希望を出して現場に残っている、神代神器使いのひとりだ。恐らく、この神器の違いも、コンラッドがユリウスを目の敵にしている理由の一つなのだろう。
「悪い遠くまで行ってた。ん? 駄目そうか?」
草を踏み鳴らして小走りにユリウスが戻ってきた。ちょうど面倒な最年長を思い出して疲れたため息を吐いた瞬間だったので、勘違いをさせてしまったようだ。リーヌスは緩く首を振ると改めて周囲に視線を巡らせる。
「完全に駄目、とは言いきりませんけど、見つかる気もしないです」
追跡の神器は対象を見つけるのにそれほど時間をかけない。何せ神の俯瞰を以てして対象を探し出すのだから。にも関わらず、今はリーヌスが思考するほどの時間をかけても光が揺蕩い続けていた。
「ここで消えたってことは、多分ここで魔法が使われたと思うんですよねー。ユリウスさんの神器で何とか出来ません?」
あきれてきたリーヌスが投げやりに言うと、ユリウスは腰に差しているサーベルの柄を指先で叩きながら唸る。
「あー、対象が確定しないと俺の神器使えねぇんだよな。移動とか隠れ身とか、そういう系統だとは思うけど、どんな魔法か検証しない間は無理だわ」
「魔法の種類が分かれば僕もそれを追いかけられるんですけどねー」
お互い今は打つ手なし、と判断し、互いに顔を見合わせた。
「帰るか」
「そうですね。帰ってサンプル申請しましょう」
重篤な信者ではあるが効率性を無視するタイプではないユリウスと、余計な時間も体力も使いたくないリーヌスは、こういう時の決断は早い。
意見が一致するとすぐに馬に乗り込み、来た道を引き返し帰途に着く。幸い、帰りは道を探す必要がないので、馬を思う存分駆けさせてやることが出来た。
お読みいただきありがとうございます!
もし物語を追ってもいいと思っていただけましたら、★評価やリアクションで応援していただけるととても励みになります




