第4話 「神の狗」⑤
あの日、助けてと叫ぶブリジットから彼らは目を逸らした。巻き込まれてはたまらないと言わんばかりに、目を逸らして、連れて行かれるブリジットに背を向けた。
「……ブリジットさん、もしまだお父さんに助けられるより前の記録を読む勇気がないなら、僕にあなたの記録を読む権利をください」
横からかけられた言葉にゆるゆると顔を上げると、真面目な顔をしたファーラが真っ直ぐな視線を向けている。
「前も言いましたが、記録の魔女が使う記録の魔法は本人だけではなく空間や時間の記憶も取得します。彼らが本当に助けるのに関わっていたかどうか、読めば分かるはずです。自分で確認するのが怖いなら僕が確認します」
事実は誰が読んでも変わらない。そんなことはファーラだって分かっている。けれど、ここで事実を確認しないで彼らを見捨てたら、確実にブリジットは一生後悔するだろう。なら、確認しないわけにはいかない。
ニーロはどちらが読むにしろ必要だと判断したのか、キャビネットの上に他の本と一緒に置かれていた綴りの写しを持って来た。
少しの間逡巡してから、ブリジットはファーラの手を握り締める。
「……ごめん、ファーラちゃん。読んでもらっていいかな……? 文字が頭に入る気がしない」
許可を得たと分かり、ファーラはニーロに視線を向ける。心得ているニーロは頷くとそれに魔力を流した。魔力が必要な魔道具のため、ファーラだけでは使えないのだ。
「ブリジット・ベルが処刑から逃げる直前の出来事」
閲覧の希望を述べれば、ノートには文字が走りだす。ファーラはすぐさまそれを目で追った。忙しなく動く眼球は時折止まり、そして最後の一文を読みきるとぱっとノートから持ち上がる。
「ブリジットさん、真実です。ブリジットさんのお友達も許婚さんも、あなたが逃げ出すのを協力してます。針を仕込んだのもわざと。あなたが逃げただろう道についても隠していました」
イシュルカが伝えた彼らの罪状が、魔女の魔法によって裏付けられた。弟子になってからまだひと月も経っていないとはいえ、ブリジットは魔法を疑う気持ちを小指の先ほども抱いていない。魔法が真実だと判断したのなら、それは真実なのだ。
力なく、ブリジットは椅子の上に座り込む。両手が床に額が向いたままの頭を抱え、ぐしゃりと髪を握り締めた。
「――じゃあ、何だったの、今までは。私が、恨んでいた今までは、一体何だったの……?」
助けてくれたのに。本当は、危険を顧みずブリジットを助けるために頑張ってくれたのに。裏切られたと恨み続けていた自分が恥ずかしくて情けなくて、ブリジットの双眸には涙がたまり、いっそ笑いすら浮かんだ。その彼女の頭を、隣のニーロが優しく撫でる。
「ブリジット、お前が悪いわけではない。もちろん、彼らもだ。お互いに必死だったから、真実が見えなかっただけだ」
表情を歪めたまま顔を上げれば、ニーロは映像が途切れただの手鏡となった遠見の手鏡に一度目をやった。そしてすぐに、ファーラと同じように真剣な眼差しを下ろしてくる。
「ブリジット、私は、最高の弟子に巡り合せてくれた彼らを是非とも救いたいと思っている。お前はどうしたい?」
優しい声に、浮かんでいた涙が一粒こぼれた。ブリジットはそれを乱暴に拭うと、改めて立ち上がり、勢いよく頭を下げる。
「お願いしますお師匠様、どうか私の友人達を救ってください!」
頭を下げ続けていると、軽く肩を押されて頭を上げさせられた。ニーロは僅かばかり笑みを浮かべ、穏やかな眼差しをブリジットに向ける。
「私も是非助けたいと言っただろう? すぐに――」
「町の中に裏切り者がいた、ってみんながぴりぴりしてる中で堂々空間魔法使うのはオススメしないわ。それに、言ったでしょ? 執行部隊が来てるって。あなたの空間魔法は最高だけど、相手の神器によっては見つかるかもしれないでしょ? あなたが捕まったりしたら魔女は一瞬で終わりなのよ」
遠見の魔法をかけ状況を見ようとしていたニーロだが、イシュルカの言葉にそれもそうかと動きを止めた。
ただ村人たちがいるだけなら、状況を確認して空間を生成してそこから引きずりこむだけで済む。魔女として裁かれる者は処刑実行時、大抵が姿が見えなくなる瞬間があるのでそのタイミングを狙えばいいし、それ以外の場合は魔女とされた者に比べて放置されている時間が多いので決して難しくはない。
だが、執行人が警戒した中いるとなれば話は別だ。
執行人。それは王都および副都を中心に構成される、教会に仕える者たちのことを言う。主な仕事は魔女狩りで、一から十二の隊で成り立っている。
その内第一隊と第二隊は上位組織、第三から第七隊が実働の執行部隊、第八から第十二隊は執行補佐部隊となっている。彼らと地方の教会の魔女狩り部隊との大きな違いは、神器、と呼ばれる品を持っているかどうかだ。
「実働の執行人たちが全員持っている神器は、『神の奇跡を顕現させる手段』であり、効果は物により様々だそうです。もしかしたら魔法に対抗出来る物もあるかもしれません。確かに、迂闊には近付けませんね」
顎に手を当てファーラは低く唸る。ニーロも同じように難しい顔をし、三人の様子を見たブリジットは「そんな……」と絶望を顔に映した。
「まあでも、何とかなると思うけどね」
そんな状況を面白がるようにイシュルカが軽く言えば、ニーロたちの視線は一気に彼女に集まる。イシュルカはにっと唇を引き伸ばした。
「協力してあげるわビディ。わたしはあんたのこと気に入ってるからね。だからその前に――」
イシュルカが手を出しながらの要求に、ニーロは渋い顔をし、バステ姉妹は憚らずに両手を挙げる。
お読みいただきありがとうございます!
もし物語を追ってもいいと思っていただけましたら、★評価やリアクションで応援していただけるととても励みになります




