第4話 「神の狗」④
そういえば、とイシュルカが話を変えたのは、皆の食事が終わり、食後のお茶を楽しんでいた時である。
「ビディ意外に落ち着いてるのね? もうちょっと取り乱しているかと思ったらぐっすり寝てるし。それとも危ないことには首突っ込みたくないタイプ?」
意外ねー、とイシュルカは驚いた様子を見せるが、その彼女の言葉に、ブリジットのみではなくニーロとファーラも不思議そうな顔をした。
「えっと、何のことでしょう?」
「え?」
「え?」
きょとんとするイシュルカが漏らした言葉を、ブリジットはそのまま鸚鵡返しにしてしまう。
何かあったのか、とニーロが尋ねたところで、イシュルカは「あー」と理解したように声をもらして天を仰いだ。
「分かった、そういうことか。そもそも知らないのね」
イシュルカの視線がニーロに向く。
「ニーロ、あなたの感情察知の魔法はとっても凄いわ。それを維持するのも選り分けるのもすっごく大変よね。分かるわ」
ぴしりと指を突きつけられ、ニーロは一体何事なのかと疑問に眉を寄せた。言葉の表面では褒められているのだが、その中身にはどこか非難が滲んでいる。
「でも、たまには受動取得じゃなくて能動取得するべきよ。特に、自分の弟子に関わることは」
自分の弟子に。リッドソン親子の視線は同時にブリジットに向き、当のブリジットは少し顔を引きつらせる。
全く自覚していない何かが、自分に起こっているらしいことは分かった。だが、何が起こっているのか未だに分からないことが不安で仕方ない。
「イシュルカ様、何があったんですか?」
改めてファーラが問えば、イシュルカは腕を何もない空間に伸ばした。手先は切り取られたかのように消え、再びそれが目に映った時、手には平たく丸い何かが指の間に挟まれている。
「これは『遠見の手鏡』っていう魔道具よ。鳥型の魔道具『眺めの瞳』の対になる魔道具で、眺めの瞳が見た光景が映し出されるの。今から映るのは昨日の映像。見てみなさい」
差し出された手鏡をブリジットは伸ばした両手で受け取り、そっと自分の手元まで引いてきた。後ろにニーロとファーラがそれぞれ近付いてくる。
使い方がよく分からないので聞こうと思ったのだが、すぐさま手鏡の鏡面にとある光景が映し出された。
「……ホバソの、町……」
ブリジットの双眸が自然と見開かれる。生まれてから住んでいた、見慣れた景色。映像は最初何の変哲もない町の家々を映していた。
だがブリジットは、次第にその異変に気付き始める。人が異様に少ない。明るさ的に昼頃のようだが、この時間にはまだ畑に出る人々がいるはずなのに。
少し待つと、眺めの瞳は町の広場の近隣を映した。その辺りまで来ると人が少しずつ増えてくるが、やはりどうも様子がおかしい。皆一様に驚いたような悼むような、あるいは不安そうな顔をしており、誰も彼もがそわそわしている。
本当に、一体何が起こったのか。どくどくと嫌な音を立てて振動する心臓は焦燥感ばかりをブリジットに与えてきた。
そしてその理由は、広場に付いた時に明らかになる。
「えっ――!?」
手鏡に映し出されたのは、広場の中央で後ろ手に縛られて地面に座らされている五人の男女。そのひとりひとりの顔がはっきりと映し出され、ブリジットの両手が震え始めた。
「ブリジットさん、この方たちは?」
背後から肩を揺すってきたファーラが少し大きめに声をかけてくる。ハッとしたブリジットは、手放しそうになっていた正気を掴み直してファーラに視線を向けた。
「……私の、友達……だった人たち。それと」
ゆっくりと旋回したらしい眺めの瞳が再度囚われている男女をひとりずつ映し出す。その内のひとりは、オレンジに近い茶色の髪の青年。青緑の双眸は悔しげに細められていた。
一呼吸してから、ブリジットは複雑な眼差しのまま口を開く。
「私の、許婚、だった人……」
あの日、助けてくれなかった人たち。友として恋人として、愛した人たち。
ブリジットはぎゅっと拳を握り締め、涙を堪えて目元に力を入れた。その彼女の肩に慰めるように手を置き、ニーロはイシュルカに話の先を促す。応じて、イシュルカは見えていない手鏡の中を見るように視線を投げた。
「その子達ね、昨日副都から来た執行部隊の連中に捕まえられたのよ。罪状は、魔女の脱獄幇助」
「嘘っ!!」
反射のように、ブリジットは机に両手を叩きつけながら立ち上がる。鏡が鈍い音を立てるが、鏡面は割れていない。
叫んだ言葉がリビング中に木霊し、大人しく話の流れを見守っていたバステ姉妹はそれぞれ悲鳴を上げた後、三角形になるようにお互いの口を塞いだ。
「嘘じゃないわ。実際それが罪状として読み上げられて、彼らもそれを認めたのよ。証人としてまだ何もされてないけど、もう数日も経ったら何かしら刑が執行されるでしょうね。ホバソにいい腕の医者はいる? ちゃんとした処理をしないとそのままサヨナラよ」
動じずにイシュルカが真実を繰り返すが、ブリジットは首を振って「そんなの嘘」と力なく繰り返した。
「だって、目、逸したじゃない……私の事、無視したじゃない……」
机を睨むように俯いたブリジットは、揺れる双眸で過日の彼らの姿を思い起こす。
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