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魔女は契約を継承す  作者: 若槻風亜
魔女との出会い編
32/113

第4話 「神の狗」③


「ああ、やはり来ていたか」


「お師匠様おかえり!」


「捕まっちゃったー」


「ご飯おいしいよぉ、お師匠様」


 リビングに向かうと、ジュースの入った水差しを手にしてテーブルの横に立っているニーロにまず迎えられる。


 それに続いて聞こえてきた聞き慣れない声は、並んで座っている三人の少女たちのものだ。


 最初に元気よく手を上げたのは、眉の上で切りそろえた前髪とショートカットの、丸い目をした少女。


 ぺろりと舌を出したのは、眉の上で切りそろえた前髪とセミロングの、カチューシャをつけた吊り目の少女。


 ハムスターのように頬を膨らませて食事を楽しんでいるのは、眉の上で切りそろえた前髪と緩い二つ縛りをしている、眠そうな目の少女。


 彼女たちの髪の色も目の色も同じだし、座った時の頭の高さも皆同じだ。けれど、一番同じに見えるのはその顔だろう。目つきと髪型が違うので印象は違うが、「似た作り」と言える造形をしている。


「三つ子?」


 言葉を取りこぼすと、隣で声をかけてきた面々に手を振っていたイシュルカに肯定された。


「そうよ。髪の短い子がラリー・バステ、カチューシャの子がパニー・バステ、二つ縛りの子がマニー・バステ。三人揃って魔力があってね。山に捨てられて泣いてたところを拾ったの。幸か不幸か、魔女裁判にかけられる前に偶然分かったみたいなのよね。それでそのまま、教会に見つかる前に捨てられたそうよ」


 少し寂しげに笑うイシュルカに向けていた視線を、ブリジットはバステ姉妹に向ける。


 恐らくまだ十にも達していない幼い少女たちだというのに、そんな過去があったとは。ファーラに抱き付ききゃっきゃっとはしゃぐ無邪気な姿に、胸が詰まった。


「イシュルカ、来なさい。ブリジットは食事を始めてていい」


「あら、わたしもお腹空いてるのにひどい人」


 軽口で返しながらイシュルカが言われたとおりにニーロに近付く。心配ではあったが、魔女同士の会話に口を挟むわけにもいかない。


 師たちが部屋の隅に向かうのと並行して、ブリジットもすでに用意されている食卓に着いた。


「今日気が付いたら多めに作っちゃってたからどうしようかと思ってたけど、無事に片付きそうで良かったですよ。……夏バテでもしてるですかね僕」


 ブリジットにジュースを注ぎながら、ファーラはテーブルの上にちらりと視線を向ける。


 大皿に乗せられてテーブルの中央に置かれているのはサラダとスクランブルエッグ、茹でた野菜に、手作りパンが数種とハムにウィンナー。脇のカートには鍋に入れられたままのコーンスープが置かれていた。


 これにさらにデザートでフルーツポンチまで大皿で用意されている。いつもの倍以上の量だ。自分で作っておきながら、ファーラは何故今日に限ってこんなに作っているのか分からない。


 とにかく失敗が清算されるなら、と思っていた横で、バステ姉妹がとんでもない事実を口にした。


「大丈夫だよファーラちゃん、夏バテしてないよ」


「そうだよ。お師匠様がパニーたちの分も作ってもらおうって精神干渉しただけだから」


「ファーラちゃんのごはん美味しいから楽しみだったの」


 悪びれない――いや、本当に悪いと思っていないのだろう姉妹の報告に、ブリジットとファーラは「え」と声を合わせる。


「精神干渉まで出来るの!?」


「どうせなら夜にしてくださったらもっと色々作ったのに!」


 驚きの種類は、違うようだが。


「あんたのそういう所愛してるわファーラ。じゃあ夕飯も期待してるわね」


 部屋の隅から戻ってきたイシュルカが言い訳もなく堂々とのたまえば、斜め後ろのニーロはじろりと彼女を睨んだ。


「イシュルカ……今注意したばかりだぞ? それに、精神操作系の魔法はどこで弊害が出るか分からないからなるべく使わないように、と言っているだろう。弟子たちにもこんなものを持たせて。いい加減反省しなさい」


 こんな物、とニーロが持ち上げたのは手で握っている三本の杖だ。


 珍しく魔女らしい物が、とブリジットが視線を向けると、バステ姉妹が弾かれたように「あー!」と声を合わせる。


「ニーロ様返してよラリーたちの杖!」


「それパニーのなのにー!」


「マニー大事にしてるのそれ。返してニーロ様」


 返してー! 返してー! と子供特有の甲高い声が合唱を始めた。ニーロはため息をつきながら対象となる杖を袖にしまう。さらに非難の声が上がるが、ニーロは動じずに少女たちを見下ろした。


「ラリー、パニー、マニー。先程も言ったが、これはお前たちが玩具として扱っていい魔道具じゃない。元々、自分の身を守るためのもので、お前たちがするように、誰かにかけてイタズラするための道具じゃない。分かるな?」


 じっと見下ろし続けると、少女たちは「でも」と唇を尖らせる。


「お師匠様がくれたんだもん」


「お師匠様なら、イタズラしても怒らないもん」


「お師匠様が魔法かけると楽しいもん。マニーたちがやっても楽しいでしょ?」


 言い訳を重ねられ、ニーロは一度イシュルカに視線を向けた。その視線に気付いているだろう悪戯の魔女は、素知らぬ顔で朝食を咀嚼している。それとは逆に、ブリジットとファーラは動けずに止まってしまっていた。


 軽くため息を付き、ニーロは再度バステ姉妹に目を戻す。


「師から物を貰うのもそれを大事にするのもいいことだ。だが、イタズラをしたら怒られるのは当たり前だ。人に迷惑をかけているのだから。人に迷惑をかけるのは悪いことだな? イシュルカはお前たちのことを怒らないかもしれないが、彼女だって他の魔女たちには怒られている」


 イシュルカのイタズラ癖はひどいもので、魔女になるや否や行ったのは、継承の儀式に参加していた魔女たちのスカートを風で巻き上げることだった。その場に居合わせたニーロはすぐさま目を瞑ったにも関わらず、魔女たちから「見ただろう」と責められて大変だった。


 もっとも一番大変だったのは、怒り狂った、あるいは泣いてしまった一部の魔女たちがイシュルカを追い回していたのを宥めることだったのだが。


 その後も度々周囲にイタズラを仕掛けてきては、その都度仕掛けられた側から怒られている。


 あまりにも懲りないものだから、彼女のイタズラ解除のための魔道具はハンマーの形を取るほどになった。ニーロの家ではファーラが持っているものがそれで、出力を変えれば強風が吹くほど威力が出る代物だ。


「いいか、たとえばお前たちがこの魔道具を誰かに使ったとしよう。そのせいで誰かが怪我をしたらどうする? ただの擦り傷ならまだマシだが、一生残る怪我だったら? もっとひどくて死んでしまったら? これらはそれほど扱いの難しい魔道具だ。お前たちは、それに対してちゃんと責任を取れるのか? ラリー、パニー、マニー」


 イシュルカが彼女たちに渡した魔道具は、決して直接人を傷付けるものではない。けれど、使い方を誤れば、あるいはタイミングや運が悪ければ、最悪死人すら出しかねない物である。まだ七つの少女たちに持たせるものではない、とニーロは考えていた。


 イシュルカが何だかんだで許されているのは、報いを受けているのはもちろん、魔法で調整して怪我だけはさせないようにしているからだ。


 実際、彼女にイタズラを仕掛けられて肉体的に怪我をした人物はいない。強い魔力の無駄遣いだと誰かが言っていたが、ニーロもそれには同意権だ。


 怪我、という単語を出され、バステ姉妹はぐっと言葉に詰まる。分かった、と小さな小さな声で渋々と納得を示した少女たちの頭を、ニーロは優しく撫でてやった。


 最初からきちんとこうしていればよかった、とニーロは少々反省する。安易に食事で誤魔化したせいで二度手間になってしまった。流石に最初の子育てから十年近く経っていると、色々勘も鈍るようだ。


「お師匠様ぁ」


 半べそのバステ姉妹はブリジットの隣に座ったイシュルカに歩み寄る。イシュルカはそれらを両手で抱き締めた。小柄な彼女だと流石にまるっと囲めないため、中央のパニーは少々苦しそうだ。


「よしよし、大丈夫よ帰る時返してもらうから」


 話を聞いていたのかとニーロが眉をぴくりと揺らす。イシュルカはそのニーロに向けて懲りてない笑みを閃かせた。


「悪いわね。わたしが教えるのは、やっちゃ駄目なこととかやった方がいいことじゃなくて、自分がやることは自分で選びなさいってことだけだから」


 それは師としてどうなのか。頭を抱えるニーロに視線を向けつつ、ブリジットはあることを思い出す。


『いいじゃない、自分で選んだんでしょ? だったら周りがとやかく言うことじゃないわ』


 魔女会義でブリジットを肯定してくれた言葉。あの時、敵だらけだと思ってしまっていたあの場で、彼女の言葉がどれほど励みになったことか。


(ただ、イタズラ好きはどうにかした方がいいと思うけど)


 朝っぱらから心臓に悪いイタズラを仕掛けられた側としては心底そう思う。


「ふぅ……分かった、帰る時に返そう。ただし制限はつけるぞ」


「仕方ないわね、それでいいわ」


 面白がるような表情のままイシュルカが納得を示したのを契機に、この話は終わりを迎えた。その後はそれぞれ席に着き直し、大量に用意された食事を楽しんだ。



お読みいただきありがとうございます!


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