第4話 「神の狗」①
生命の魔女グレースの空間から戻ってきてから二日目の朝、ブリジットは自室のベッドの上で目を覚ます。ぼんやりと目を開き、少しの間正体もなく目の前に来ている壁を見つめた。それからごろりと仰向けになり、大きく体を伸ばす。
「んー」
ベッドに転がったまま腕や足を動かした、その時。ブリジットの丸めた拳が何かにぶつかった。
え、と驚きの声をこぼしてそちらに視線を向ける。直後に言葉を失うことになるとはその時のブリジットは思いもしなかった。
そう、思うはずもなかったのだ。眠る師が真横にいる、などと。
「………………え?」
何が起こっているのか理解出来ずにブリジットはぱちりぱちりと瞬く。何度か目をこすり、夢かと思い頬を抓ってみるが、普通の痛みが返ってくるだけだった。
更に数拍の間を開けてから、ようやく事態に気付いたブリジットは一瞬にして顔を真っ赤にする。
(えっ、えっ、えええええええええ!?)
叫びたくても声が出せずに口をパクパクさせていると、閉じられていたニーロの瞼がゆっくりと持ち上げられた。
「……ブリジット……?」
かすれた声で呼びかけられ、ブリジットは上擦った声で返事をする。よかった、これで何が起こっているのか説明してくれるはず。
そう安堵した直後、ニーロの腕がブリジットに伸びた。
「まだ寝ていなさい、昨日は疲れただろう」
頭を抱えるようにして抱き寄せられ、一層訳が分からなくなりブリジットの視界はぐるぐると回りだした。昨日? 昨日何があった? 記憶にある限りでは何も――!
すっかり混乱しきっていると、部屋のドアがノックされる。外から声をかけてきたのはファーラだ。
何と返事をしたものか迷っている内に、まだ寝ていると思ったのかガチャリとドアが開けられた。
「ブリジットさん起きてるです、か……」
部屋に入った直後、ファーラはぴしりと動きを止める。腕を使って上半身を起こし、ベッドの上に座ったブリジットは真っ赤になって否定を始めた。
「ちっ、違うのファーラちゃん! これは誤解で、た、多分お師匠様は寝ぼけてここに……っ!」
「ええ、本当に寝ぼけてます」
ずるり、とファーラのポシェットから柄の長いハンマーが取り出される。あのポシェットは魔道具・無限空間袋(Verポシェット)で、専用の空間につながっており、様々なものが取り出せるのだという。
「純情なお弟子さんになぁにを――」
ハンマーを握り締めファーラはダッと駆け出した。狙いは一点、ベッドの上で頬杖をつきにやにやと笑っているニーロ。
その表情に、〝彼〟が面白がるように口にした「あーあ、やっぱり早いわね」の言葉に、ブリジットが目を見開くのと同時に、ハンマーが真上から〝ニーロ〟に向けて振り下ろされる。
「やってるですか! イシュルカ様!」
その、聞き慣れているがありえない名前と共に。
ハンマーがぶつかる瞬間咄嗟に目を強く閉じるブリジット。
だが、想像していた鈍い音は聞こえてこず、代わりにコルクが抜けるような音が聞こえてきた。
一体何が起こっているのか。恐る恐る片目ずつ瞼を開く。
「え?」
視界にうっすらと映ったものが信じられずブリジットはぱっと両目を開けた。
そこには変わらずひとりの人物が横たわっている。ただ、姿形は50を過ぎた男ではなく、小柄の少女に代わっていたが。
「あ、魔女会義の時の魔女様……?」
見慣れはなしないが、珍しいその光沢がある灰色の髪色は忘れようもない。朝日の中で見ているせいか、光彩は最初に見たような緑だけではなく、青や紫などにも見えている。
その髪を飾るようにぽんと置かれた帽子は以前と変わらぬもので、その下では、オニキスのような双眸が面白がるように輝いている。
身につけている服は、夏とは言え随分と薄着だ。やや緑がかった黄色のそれは、前は胸だけ隠れており、背中で裾に帽子と同じ羽をあしらったスカートとつながっていた。
ブリジットにも気付かれたと分かり、魔女はふっと笑うと体を起こし、ベッドの上でブリジットと向き合った。
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