第3話 「師匠は凄い」⑩
ニーロの背後から現れたのは、先ほどの少女たちを引き連れてきたグレースだ。ニーロが振り向き「しかし……」と言い募ろうとするが、グレースはその脇を通ってファーラの頬に手を当てた。光が溢れたかと思えば、あちこちについていた傷が汚れを拭ったように掻き消える。
「あなたの弟子たちに反論を禁止することを禁止します。そもそもあなたが伝えようとしないから誤解が生まれ、誤解をしている者としていない者との間で軋轢が生まれる。……あなたが自分の境遇の過酷さを受け入れるたび、あなたを守ろうとする者は躍起になるのです。殴り合いの喧嘩は以ての外ですが、何もしないのも言語道断です」
ニーロに視線を向けないまま彼を叱りつけるグレースは、流れるような足取りで座ったままのブリジットに近付いた。ファーラにしたのと同じようにグレースの白い手がブリジットの頬に触れると、ブリジットの傷もまた消え去る。
そうしてようやくグレースは振り向きニーロと視線を合わせた。何か言いたげなニーロだが、グレースが笑顔で「分かりましたね?」と念を押すと、頭を下げて了承を口にする。
「さあ、それではあなたたちも伝える努力をしましょうね」
ぽん、と軽く手を叩き合わせると、グレースはブリジットを立たせ、彼女とファーラの背中を軽く押して連れてきた弟子たちの前に向かわせた。
少女たちはお互いに、傷の治った顔を見合ったまま沈黙する。どちらの師も促さないまま数呼吸分の時が流れると、最初にブリジットが頭を下げた。
「先ほどは、手を上げてしまって申し訳ありませんでした。ただ、師を謂われなく侮辱されて腹が立つ気持ちは、ご理解いただければ嬉しいです」
顔を上げ真っ直ぐにブリジットが視線を投げれば、それを横から見上げていたファーラも散々に悩んでから小さく頭を下げる。
「……僕も、馬鹿にしたりとか叩いたりしてごめんですよ。次はもうちょっと優しい言い方します」
苦々しげにとはいえ、ブリジットとファーラが素直に謝罪を口に出来たことに、後ろで見ていたニーロはほっとした。
その反対に真顔で状況を見据えているのはグレースだ。沈黙を続けている弟子たちをじっと見据える横顔に、ニーロは「もういいのでは」という言葉を飲み込む。自身も先ほど彼女に怒られたばかりなので、中々強く出る気になれなかった。
「――次なんてないから」
ぽそりと金髪の少女が呟く。誰かが聞き返す間もなく、金髪の少女が、彼女に引き連れられるようにその他の少女たちが、一斉に頭を下げた。
「……グレース様に、私たちを助けてくれたのはニーロ様だと伺いました。失礼なこと言って……ごめんなさい」
金髪の少女が謝れば、他の少女たちも次々に謝罪を口にしてくる。再び顔を上げた時、ばつの悪そうな表情がそれぞれに浮かんでいた。やはり無知なだけだったか、とファーラは内心でひとりごちる。
再び何とも言えない沈黙が走ると、弟子たちの謝罪を見届けたグレースは満面の笑みを浮かべて手を叩き合わせた。
「では仲直りということで、みんなでお風呂に入りましょう。悪い気持ちはお湯で流すのが一番です」
唐突な申し出にブリジットは「え?」と驚いた声を漏らすが、他の面々はニーロとファーラを含め全員が動じる様子を見せない。その様子から、ブリジットはグレースにとってはこれが普通なのだと理解する。
宣言するが早いか、グレースは伝達の魔法を使い屋敷内にいる者に準備を言いつけた。
そうして引き連れられるまま中に戻り浴室に連れて行かれ、ブリジットは絶句する。
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