第3話 「師匠は凄い」⑨
「お前たちがそこまで愚かだとは思わなかった」
日陰の地面に正座で座らされながら頭上から落とされた声に、すっかりぼろぼろになったブリジットとファーラはびくりと肩を揺らす。
「も、申し訳ありません……」
「ごめんなさいですよ……」
ニーロとグレースの介入により、喧嘩は即座に終了を迎え、今は騒ぎを起こした弟子たちはまとめてそれぞれの師の前で叱られていた。すっかり頭の血が下がりきったブリジットは顔面蒼白となっており、ファーラはふてくされた顔をしている。
「でもお父さん、あいつらがお父さんのこと悪く言ったから」
「ファーラ、黙りなさい」
言い訳をしようとするのを固い声音で留められ、一応黙ったもののファーラはやはり不満げだ。
「……ブリジット、あの魔女会義の時、お前は今ほど乱暴ではないが、私のために怒ってくれたな」
思い出すようにニーロが話し出すが、ブリジットは顔を上げられないし、気持ちも上げられない。聞こえてくる声が、決して褒める時のそれではないから。
ブリジットの不安は、次の瞬間確かなものとなった。
「私はあの時、お前をちゃんと叱るべきだった。お前の気持ちもファーラの気持ちも嬉しいが、そのためにお前たちが周りと険悪になるような真似を、許容するべきではなかったんだ」
疲れたように眉根を揉み、ニーロはその場に片膝をつきしゃがみ込む。
「最初に手を出したのもお前だそうだな? 何故手を上げた?」
問われ、ブリジットは視線を下げたまま震える声で答えた。
「お師匠様が、酷い言われようされていて、それに耐えられませんでした。私の心が弱かったからです」
「全くだ。良し、とは言わないが、口で喧嘩をするだけならまだマシだった。それなのに手を上げてしまったら、お前はその時点で自分の主張の正しさを手放していることになる。自分が正しいと思っているのなら、まずは言葉を尽くしなさい。主張を通すために他者を痛めつける真似は、お前が最も忌み嫌うやり方だと分かるな?」
硬い声のまま問われ、ブリジットは小さく「はい」と答える。
すっかり意気消沈してしまっている弟子を見下ろすニーロは、動かない表情の下で困惑を抱いていた。否、抱かざるをえなかった。
まだ弟子にしたばかりだが、ブリジットは他者を尊重する気持ちは間違いなく持っている。だが、それが嘘のように火が付くことが彼女にはあるようだ。冷静な時のブリジットはこんなにも素直なのに、何故こうも攻撃的になる瞬間があるのだろう 。
(今まで見てきた様子だと、火が付くきっかけは主に私のようだが……)
少し考えてから、ニーロは彼女が元々敬虔な信者であったことを思い出した。もしかしたら、これまで神に向けていた信仰を、そのままニーロに移し替えてしまっているのかもしれない。全てとは言わないが、信仰の強い信者は時に暴走しがちだ。教会の魔女狩りに参加する人々もそのきらいがある。
(……だとしたら、その考えを消してやらねばならないか)
師への尊敬。それはニーロも大事なことだと思うが、それが行き過ぎて妄信になってしまってはよくない。人が増えてきたとはいえ、魔女は結局のところ狭いコミュニティだ。そこからあぶれるような真似をさせるわけにはいかないだろう。ただでさえ彼女は、そこから外れている ニーロの弟子なのだから。
「分かったのなら二度とこのような真似はしないように。私のことで反論するのは今後禁止する」
「お父さん!」
立ち上がりながら告げられたニーロの言葉にブリジットもファーラも弾かれるように顔を上げたが、声を上げたのはファーラだけだった。
「何でそんなこと! お父さんが自分で否定しないから、こんな風に馬鹿なこと言う人がいるんじゃないですか! 僕たちまで口を噤んだら、誤解する人が増えるばっかりですよ」
立ち上がり父に詰め寄ると、ニーロは軽く首を振り小さな肩に手を置く。
「その結果、今までどうなってきた? 今日ほどの騒ぎはなかったが、お前はこれまでも何度も喧嘩をしてきただろう。私のことで言い返して諍いが起きるのなら、そんなことはしなくていい。誠意ある行動をしていれば、分かってくれる人は分かってくれる」
「今さっきブリジットさんに言葉を尽くせって言ったばかりじゃないですか!」
「それとこれとは別だ。騒動にしかならない話題なら出さない方が賢明だと、お前なら分かるな?」
断固として前言を撤回しない様子を見せるニーロに、ファーラは納得出来ない様子を隠さなかった。なおも言い返そうとすると、それに先んじて別の声が割って入る。
「伝える努力を怠ることは許しませんよ、ニーロ」
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