第3話 「師匠は凄い」⑧
「触らないで! 私はあなたが一番許せない。お師匠様に助けられたくせに、どうして一緒になってお師匠様を悪く言うの? あなたはこの人たちが間違ってるって分かってるはずでしょ? もう駄目だって絶望した時、誰が助けてくれたの? 誰が手を伸ばしてくれたの? 誰が次の道に導いてくれたの!?」
隠す気のない怒りで詰め寄られ、クララは泣きそうな顔で俯いた。でも、だって、と小声で言い訳を重ねるクララを睨みつけていると、脇から馬鹿にしたような笑いが零れる。ブリジットは再度少女たちを睨みつけた。
「そいつが証人なんじゃないの? だって変なことされたって言ってたじゃない。あんたが知らないだけじゃないの?」
「クララが言ってるのなんてただのでまかせでしょ! あなたたちが脅してるから話合わせただけじゃない。真実かどうかなんて魔法で分かるでしょ」
「っ、じゃああんたの言う通り噂だったとしてよ? 他にもそういう人がいるからあちこちで噂になるんでしょ? それならそもそも噂になるようなことしたあの男が悪いんじゃない」
ねぇ? と同意を求めれば、取り巻きの少女たちは我先にと同意を叫ぶように唱える。
「ほら。――どうせあんな男、今まで弟子もいないんじゃ大したことしてないんでしょ。魔女様たちだって本当はあんな男いない方が良いに決まってるのよ。ホント、とっとと消えれば」
「おーっと、物知らずの馬鹿はっけーん」
殺伐とした空気の中、ブリジットの背後から軽やかな声が乱入した。今になってはすっかり聞き慣れたそれに振り向けば、そこにはファーラが腕を組んで立っている。
「クソガキ……何よ、誰が馬鹿ですって?」
顔見知りなのか金髪の少女は舌打ちしてファーラを睨みつけた。ぽてぽてとのんびり歩き出したファーラは、真っ青になり俯き固まっているクララを通り過ぎざまちらりと見てから、ブリジットの隣に並ぶ。
「きっかけはお前ですけど、対象はお前ら全員まとめてですよ。今までは直接来ないからサルが騒いでるだけと生温かく見守ってやってたですけど、大事なお弟子さんに喧嘩ふっかけるなら、仕方ないからその無知を指摘してやるです」
にっこりと笑って中指を立てるファーラに、少女たちからは怒りの声が上がった。そんな怒りはどこ吹く風か、ファーラは目を瞑って語り始める。
「お父さんが大したことない? いなくてもいい? そんなこと言ってたら、僕やブリジットさんはもちろん」
ぱちりと双眸は開かれ、鋭い眼差しが少女たちに向けられた。
「お前ら含めた魔女狩りの犠牲者400人以上が、今もこうして生きてないですよ」
空気を裂くように放たれた言葉に一瞬周囲は静まり返り、すぐに笑いが起きる。ファーラの言葉を馬鹿にする言葉を連れて。
「何言ってんの? あたしたちはグレース様に助けられたの。あの親父じゃなくてさ!」
「だから、それが勘違いだって言ってるんですよ。分かってましたけど、やっぱりお前ら自分の助けられた経緯すら読んでないですね?」
読む、というのは歴代記録の魔女の魔道具・「千代の綴り」――記録の魔女以外は「綴りの写し」だが――のことだろう。
ブリジットもアマリアがいた時は師のことを調べたが、ファーラに勧められ自分の項目は読んでいる。記録の魔女が使う記録の魔法は、本人だけではなく空間や時間などの記憶からも情報を取得するので、主観では気付けない色々なことが載っていることがある、と。
――ただ、流石に魔女裁判での出来事はまだ辛いので、ニーロに助けられる直前あたりからしか読んでいないが。
「お父さんは、基本的に助ける際自分の空間に相手を入れません。自分の空間に入れるのは事前に気付けず咄嗟に助けた時ばかりです。それ以外は、空間の魔法を使って助けた相手を、そのまま受け入れ先の魔女様の元に送ります。お前らはこっちのパターンですよ。疑うならグレース様に確認すればいいです」
それと、と言葉を付け足した時、少女たちを睨みつけるファーラの双眸はかつてないほど静かな怒りで燃えていた。
「千代の綴りの関連項目見させていただけば分かるですけどね、魔女裁判の被害者の救出数は、お父さんが魔女になってから爆発的に上がっているんですよ。それは、お父さんが空間を作り替えたことで許容できる人数が増えて、さらにひとりでも多く救えるようにといつも感情察知の網を広げているからです。空間魔法、感情察知魔法、居場所探知魔法、これら三つの魔法が得意だからこそ、お父さんは『魔女』の名の元絶望している相手を探し出し、救出できる」
隣でファーラを見下ろしていたブリジットは、その時不意にニーロの言葉を思い出す。
『もう少し大人しい娘だと思っていたが……なるほど、私が見つけられなかったわけだ』
あの時は何のことだか分からなかったが、ニーロが追われる娘を見つけ出すために「絶望」を的にして探し出すということは、なるほど、ブリジットが見つからないわけだ。ブリジットは森で男たちに追い詰められるまで、絶望など抱いていなかったのだから。
「そこのところも分かってないみたいなので、ついでに物知らずなお前らに根本的なことを教えてやるですよ。魔女は全ての魔法を使える。けど、『得意』な魔法となると人によります。これは、魔法の得手不得手が魔女の意思に左右されるからです」
ゆっくりと、ファーラはまるで幼い子供にするように語る。
「お父さんは、助けたいという意思が強いからそれに付随する魔法が得意になった。そのことを分かっているから、大半の魔女様たちはお父さんに敬意を払うんです」
大半の、とつけたのは、そんな善意と誠意の行動を前にしてなお、持説を曲げない困った魔女たちがいるから。
彼女たちは本当に分かっていないのだろうかと、ファーラはいつも思っている。今向かい合っている娘たちはただの無知でしかないだろうが、彼女たちは知った上でニーロを傷付ける選択をしているのだ。ファーラにはとても、その心情は理解出来ない。
「ほら、何黙り込んでるですか? 適当な噂話以外の主張があるなら聞いてやるですよ?」
軽く丸めた手の平を上に向け、ファーラは人差し指をちょいちょいと動かした。
その挑発的な動作に歯噛みした金髪の少女は、持ち込んでいたらしいカップを持ち上げると即座にファーラに向かって投げ付ける。ファーラにぶつかり中身をぶちまけると思われたそれは、しかしその目的を果たさなかった。
代わりに次の瞬間顔や服を濡らしたのは、ファーラではなくその前に身を滑り込ませたブリジットだ。
ゴッと鈍い音を立てて額にぶつかったカップは、草の生え揃う地面に落ちる。それと前後して、ブリジットの濡れた前髪に隠された額からは、血が一筋流れ落ちた。
それを見て、肩から提げているポシェットに両手を突っ込んだままの状態だったファーラは目を見開き絶句する。
「ブリジットさん……っ! ああもう本気で怒った! お前らの土俵で喧嘩してやるですよ!」
僅かな間も空けず正気に戻ると、ファーラはポシェットから両手を引き抜いた。その際彼女の小さな手に握られていたのは、ポシェットと比較すれば明らかに長く大きな竹箒。
それが契機。次の瞬間、その場は少女たちによる乱闘の場に変わってしまう。
大声を出して掴み合う彼女たちの元にそれぞれの師がやってきたのは、大慌てで部屋に戻ったクララが泣きながらに惨状を訴えた後のことであった。
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