第3話 「師匠は凄い」⑦
「はい、ブリジット・ベルと申します。どうぞよろしくお願いします」
頭を下げて見せるが、誰も頭を下げ返さないどころか挨拶すらしない。ブリジットは僅かに口元を歪めた。
ああ、知っている、この感覚。この、相手を見下しながら値踏みするような感覚。
「あんたってさー、元々魔女になりたかったの?」
質問に否を返せば、尋ねた少女は一緒にいる友人たちに視線を向ける。
「えー? 弟子のいない所に弟子入りしたからてっきり楽して魔女になりたい人だと思ってたー。ねー?」
金髪の少女が同意を求めれば、少女たちはそうだよねと同意を重ねた。どうやらこの金髪の少女が彼女たちの中心人物のようだ。
「でもさー、魔女になりたかったわけじゃないなら何であんな男の弟子になったの? 他にも魔女いるじゃん。え? 何もしかしておじさん好き?」
「えー? 趣味悪―い。あのおっさんいっつも女の子に触ってるじゃん」
「あたしも見たことある! 昔助けられた人だっていうけどさ、でもそれと触りにくるのは別じゃんね」
「絶対あのむっつり親父いいようにするために女の子助けてるんだって」
「言うこと聞かせるために? あー、そうっぽい」
「あんなのに助けられた人たち可哀想だよねー。思惑はともあれ、助けてもらったからには逆らえないもんね」
「あとさあとさ、魔女様たちに言い寄ってるって話らしいよ。これだけ助けてるんだからもっと感謝されるべきだって」
「やだー、気持ち悪ーい」
きゃあきゃあと好き勝手なことを言っている少女たちの前で、ブリジットは聞こえてくる言葉の意味が分からずにいる。
あんな男?
むっつり親父?
女の子に触るために助けてる?
感謝されるべきと主張している?
誰のことだ。誰が? 誰がそんな屑のような男だというのか。
意味の分からない言葉はブリジットに気を遣うどころか、彼女の表情が抜け落ちていくのを、彼女が傷付くのを楽しんでいるかのように増えていく。
その度に、ふつふつと湧き上がる感情がブリジットの頭を燃やしていた。そして、決定打が放たれる。
「ねえクララァ、あんたもその被害者でしょ? この間そう話したわよね?」
「えっ」
それまで青い顔で俯いていたクララは、突然金髪の少女に話を振られて困惑した様子を見せた。弾かれるように顔を上げたクララだが、少女たちの視線が自分に集まっているのに気付き即座に視線を下ろす。
「え、えっと、あ、あの、私は――」
「は? 聞こえないんだけど」
ぼそぼそとクララが返答に窮していると、脅しかけるように睨みつけた金髪の少女は言葉を畳み掛け、丸めた紙ごみを投げ付けた。頭にごみがぶつかると笑いが起こり、それらから逃げるように視線をあちこちに彷徨わせながら、クララは指先をまごつかせる。
「……そ、そ、そうだった、か、かも……」
ぼそりとクララが同意すれば、「やっぱりね」と少女たちは甲高い声で嘲笑を弾けさせた。その笑い声の中、ブリジットがふらりと歩き出す。
そして、五歩も歩かないうちに間近に来た金髪の少女の頬を、力の限りに張った。
突然の事態に少女たちが言葉を失っている間に、ブリジットは金髪の少女の胸倉を掴み、座っている彼女を立たせる。
「いいかげんにして! 黙って聞いてれば噂話と思い込みで人のお師匠様にひどいこと言って、あなたたちにお師匠様の何が分かるっていうの? 育ちが悪いにも程がある!」
怒鳴りつけられ、ようやく正気に戻った金髪の少女は、ブリジットを突き飛ばすように振り払いキツイ視線で睨みつけた。
「は? 育ちが悪いのはあんたでしょ。ほんとのこと言われてキレて手を上げるのがあんたの言う育ちがいいなわけ?」
「そうよ! 謝んなさいよ」
「あの男の本性分かってないのはあんたなんじゃないの?」
「あ、それともあんた、あの変態親父ともう寝てんじゃないの?」
「分かった! 気狂い同士気が合うんだね」
「屑の弟子も屑ってこういうことね」
次々に正気に戻った少女たちがそれぞれ立ち上がってブリジットに対抗すべく怒鳴ってくるが、ブリジットも負けじと言い返す。
「あなたたちがお師匠様に謝ったら謝ってもいいけど、そうじゃないなら謝るつもりなんてない! 下品な発想しか出てこないその頭には理解出来ないかもしれないけどね、お師匠様は本当に優しい方なの。何人も何人も、見返りもなく助けてきてる。見返りを要求された人が、魔女様なり弟子の人なりでいるなら連れてきなさいよ! その人に何をされたか説明させればいいでしょう。それが出来ないなら、嘘ばっかり言わないで!」
「ちょ、ちょ、と、ブリジ――」
引く様子がないブリジットを落ち着かせようとクララが腕を取るが、それはすぐさま振り払われてしまった。ショックを受けた様子を見せるクララを、ブリジットは他の少女たちに向けている目のまま睨みつける。
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