第3話 「師匠は凄い」⑥
一息つきブリジットとファーラが離れると、見計らったように戸が叩かれた。戸の横に控えていた女性が誰何すると、少女の声が名乗る。自身の弟子と判断すると、グレースが入室を許可した。
「失礼しますお師匠様、ニーロ様。ファーラちゃん――ファーラさんも来ていると伺いましたので、もしよければこちらにお越しいただけないかと、お邪魔させていただきました」
入ってきたのはファーラと同い年ほどの少女だ。顔見知りらしく、彼女の顔を見た瞬間ファーラが嬉しそうな顔をする。グレースもニーロもこの二人の交友を分かっているのか、無礼とは思わずそれを許可した。
「じゃあ僕はちょっとそっちに。ブリジットさんも連れてっていいですか?」
立ち上がったファーラが父に許可を求める。私はいいが、と言葉を濁したニーロの視線がグレースに向いた。すると、そのまま許可をおろすかと思ったグレースは少々困った顔をする。
「あら、どうしましょう。クララにブリジットの案内をするように言ってしまっているのですよ」
「クララさん、ですか?」
知らないはずの名前が本当に知らないかブリジットが考え出すと、ニーロがその名前の主を教えてくれた。ブリジットの二日前に助けられたという、魔女狩りの被害者のことらしい。
「あ、それでは私はその方と回らせていただきます。そちらのお弟子さんとはまた別の機会にお話させていただけると」
視線を向けて親しげに微笑むと、少女はぱっと笑顔を咲かせて「ぜひ!」と元気よく返事をする。ファーラとはまた違う可愛さを覚えている間に、ファーラと少女はきゃっきゃと笑い合いながら部屋から出て行った。
それから間も無く、再び部屋の扉が叩かれる。控えていた女性が戸を開けば、そこには少々おどおどした印象の少女が立っている。前髪を左右に開いた短い髪は明るい茶色で、双眸は黄緑。少し垂れた眉とそばかすが特徴的だ。
「ブリジット、彼女はクララ・マホニーです。クララ、彼女はブリジット・ベルです。昨日言ったとおり、屋敷の中を案内してあげてください。構内図は持ちましたね? あなたがここに慣れる意味もありますから、頑張ってみてください」
グレースが双方を紹介し、その流れでクララに指示を出し直す。クララはたどたどしくスカートを広げて頭を下げた。
「しょ、承知しましたお師匠様。ブ、ブ、ブリジットさん、行きましょう」
緊張しているのか、クララはややどもりながらブリジットを誘いかける。返事をして立ち上がると、ブリジットは師とグレースに丁寧に頭を下げた。
「それでは一旦失礼させていただきます」
ニーロたちの返事を待ってからブリジットは廊下で待つクララに近付く。
「お待たせしました。改めてお願いします、クララさん」
「よ、よろしく。あ、あの、と、年近いって、聞いてるから、その、さん付けとか、け、敬語とか、い、いらないわ。そ、それに、ニーロ様に、た、た、助けてもらった同士だし」
指先をもてあそび視線を逸らしながらの許可に、それでもブリジットは笑顔を見せた。そわそわとしているし言葉もまだ落ち着いていないのに、必死に友好を示してくれているのが素直に嬉しい。
「うん、じゃあ私のこともブリジットって呼んで、クララ」
手を差し出せば、クララは嬉しそうな顔をしてその手を握り返してくる。
「わ、分かったわ、ブリジット。じゃ、じゃあ、こっち」
どちらともなく手を離すと、クララはそそくさと歩き出した。それを背後から追いかけるブリジットは気付いていない。クララが、複雑な表情をしていることに。
地図頼りの案内開始から一時間以上が経過する。入れる場所のみを案内してもらっていたにも関わらず、部屋数は十を優に超えていた。何でも、弟子は皆この館に住んでいるそうだ。そのことを聞いた時、ブリジットは娯楽室や服飾室などがやけに大きかった理由を理解した。
「こ、ここは、第三庭園。池が造られてて、夏の間は涼むのに丁度いいんだって。こっちに来て。あ、東屋があるから」
この一時間強でクララは大分ブリジットに慣れてくれたようで、今ではどもる回数も少なくなっている。少しずつでも信頼が築けているなら嬉しいことだ。
スムーズな足取りで進んでいくクララの後を同じように軽い足取りで進んでいると、垣根の向こうを見たクララが思わずといった調子で足を止めた。あ、と小さな声を漏らした彼女は一度固まると、すぐに踵を返してくる。
「せ、先客がいるから、別のところに」
「クララァ、別にこっち来ていいのよー?」
垣根の向こうから少女の声が呼びかけてきた。複数人いるのか、同じように呼ぶ声や笑い声がいくつか重なって聞こえてくる。
ここに来るまでに何人ものお弟子さんに会ってきたブリジットは、それまでと同じ感覚でクララに「行こう」と呼びかけた。少し逡巡してから、クララは引きつった顔で頷く。
彼女と並び立って垣根の向こうに出ると、少し離れた先にある東屋に少女たちが数人陣取っていた。皆一様に笑顔でこちらを見ているが、ブリジットは少し嫌な感じを覚える。歓迎の笑み、というには、どうにもにやにやと馬鹿にした感じが伝わってきたのだ。
「ねぇクララ――」
「ブ、ブ、ブリジット、お、お願いがあるんだけど」
またどもりが復活したクララが前を向いたまま小声で呟く。
「み、みんなの、ま、前で、ニーロ様がいい方って、は、話は振らないで」
え? と聞き返す間も無く、ブリジットとクララは東屋を陣取っている少女たちの前にやって来た。
しかし、少女たちはブリジットたちを席に招くでもなく東屋のすぐ前で立ち止まらせる。夏の太陽の容赦ない視線は無遠慮にブリジットたちに降り注いでいた。
「ねえねえ、あんたがあの男の弟子?」
声をかけてきたのは、金の長い髪に緩いウェーブがかかっている水色目の少女。礼を失した尋ね方だと眉が寄りそうになるが、何とか耐えて笑みを見せる。
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