第3話 「師匠は凄い」③
ようやく騒ぎが収まり、一同は小さな机を挟んで向かい合わせにソファに座り合った。それを待っていたように、先に案内してくれた女性が来客たちに、続いてグレースに紅茶を出してくる。その横顔をこそりと覗き見、ブリジットは先の気付きを確信に変えた。
(この方とグレース様、やっぱり似てらっしゃる)
実物の彼女よりは、鏡越し+距離ありの状態の彼女の方が近いが、似ているのは確実だ。親子だろうか、と憶測を脳内で展開していると、それにしても、とグレースが会話を始める。
「ニーロもようやく弟子を取ったのですね。本当に良かったです。ロザリアがよくナージャの『魔女』はニーロの弟子に継いでいって欲しい、と言っていましたが、私もその気持ちは同じでしたから」
どこか寂しさを滲ませながら、それでも嬉しそうにグレースは目を細めた。以前はこの言葉をそのまま「言葉」だけで聞いていたブリジットだが、今ならそこに込められている「思い」が分かる。
ロザリアの訪問後、ファーラから説明された話によると、魔女の契約とは魂の血脈。よほど緊急の事態でなければ、自身が師から――魂の上での親から受け継いだものは、我が子(弟子)に受け継がせるべきであり、受け継いで欲しいものである。自分の弟子ではない者に継がせることを、古くからの慣習を大事にしている魔女は「血が途切れる」と表現しているとのことだ。
「少々気の強いお嬢さんのようですが、そちらの方がニーロの弟子としては安心ですね」
くすりと笑われ、ブリジットは笑顔を引きつらせ視線を彷徨わせた。「気が強い」と表現される理由はよく分かっているが、いざ言われると流石に恥ずかしくなってくる。
何故気が強い方がいいのか、は分かっているので問い返さない。ニーロが男というだけで非難してくる魔女たちがいるのだから、弱気な者では彼の弟子は務まらないだろう。
「そういえばブリジット、自力で逃げ出したと聞きましたが、よく逃げられましたね。どうやって逃げたのですか?」
頬に手を当てグレースが首を傾げた。その疑問に、ブリジットは軽く手を握りしめる。
過日魔女二名とファーラから話を聞いたところ、魔女裁判や魔女狩りから逃げ出した者たちは、全員ニーロをはじめとした魔女たちか、あるいは家族や友人などの助けがあってこそ逃げられたのだという。ひとりで逃げたブリジットは、彼女たちからしたらとんでもないことをやってのけた人物らしい。
「……私、魔女裁判の結果、火あぶりの予定だったんです。それで神に捧げるって意味で着替えさせられたのですが、衣装に針が付きっぱなしだったんです。元々祭祀用の衣装として作られてた物だったんですけど、作ったのが、私が魔女だって分かる前まで友達だった子みたいで、その子、そういうミスよくやる子だったから。運が良かったです」
衣装の縫い合わせの部分に針が刺さっていたのを見つけてからのブリジットは必死だった。
処刑に立ち会うためにと王都の教会の執行人がやってくる三日の間、手を縛っている縄を地道に解いていき、ようやく解けたのは処刑前夜だった。
そしてその日の夜、食事を持ってきた相手を刺して森に逃げた。その時には町の子供たちしか知らない秘密の道を通ってきたので、誰にも見つからずに済んだのだ。
「それでも、四日目にとうとう追いつかれちゃって。そこでお師匠様に助けていただいたんです」
説明を終えたブリジットは唇には笑みを刻むが、視線は覚えず膝の上で握りしめた両拳に注がれる。
そんな彼女に視線を向けてから、ニーロ、グレース、ファーラは何か含んだ視線を交し合った。グレースが薄く唇を開き伝達の魔法を発動する と、ニーロは緩く首を振る。
それに頷いてから、グレースは穏やかな表情を浮かべた。そして、ブリジットに向けて机越しに体を伸ばすと、握られた拳にそっと掌を乗せる。滑らかで柔らかくあたたかなそれは、ゆっくりとブリジットの心を引き上げた。
「本当に運が良かったですね。でもそれだけじゃなくて、あなたが勇敢だったから切り開けたのですよ。頑張りましたね」
前傾姿勢になり下から見上げてくる眼差しには慈愛が灯っている。どうもこの手の優しさに、今のブリジットは弱いらしい。随分落ち着いたが、やはりまだこうして魔女裁判や魔女狩りの事を気遣ってもらえると泣きたくなってくる。
だが今日はすでに情けない姿を晒し済みだ。流石に泣き出すのはやめておきたい。意地を張ってぐっとこらえ、ブリジットは「ありがとうございます」と笑って見せた。
無理をしているのが見え見えな笑顔だったが、心得ている魔女二人も、年の割に世間擦れしている11歳も気付かないふりをする。
「ところで、もうブリジットの魔力は計ったのですか?」
グレースが話を変えると、それにはニーロが答えた。
「はい、中の中といったところです。真面目に魔力を伸ばす練習をしているので、最近は初めて計った時より増えてきています」
謙遜も過剰な評価もせず、ニーロはありのままを伝える。
ブリジットは真面目に修行に取り組んでおり、暇を見つければ練習用の魔道具――修練の灯火と向き合い、最近では浮かぶ星がはっきりと見えるようになっていた。
まだ弟子になってからひと月も経っていないというのに大したものだと、ニーロは心からそう思っている。
「まあ、そうなのですか? ブリジットは優秀なのですね。きっと魔女になる頃には本当のあなたくらいの魔力量になっているでしょうね」
口元を綻ばせ心底楽しそうに微笑むグレースに、ニーロも「そう思います」と珍しく分かりやすい笑みを浮かべた。
その横で、ブリジットはグレースの発言に疑問を抱く。「本当のあなた」とはどういう意味なのだろうか。気にはなったが師たちは会話を続けており、そこに割って入るのは流石に出来ない。
悶々としていると、隣に座っているファーラが小声で何事かを訊いてきてくれた。これ幸いと、ブリジットは同じような声量でファーラに疑問をぶつける。
「(本当のあなたくらいの魔力量、って言ってたけど、どういう意味かな?)」
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