第3話 「師匠は凄い」①
蔦の魔女ロザリアと記録の魔女アマリアの訪問から数日後、ニーロは通信の小部屋で現身の鏡と向き合っていた。
「それでは、明日の午後一時、弟子たちを連れて伺います」
話をまとめると、鏡の向こうで生命の魔女グレースが金色の双眸を細め、艶やかな唇に弧を描く。
『ええ、待っていますね。それでは、また明日』
「はい、失礼します」
しっかりと頭を下げ、再び顔を合わせてから映像はぷつりと切れた。波紋を浮かべる伝達の水晶に掌をかざしさっと振れば、それはただの水晶に戻り、ニーロの姿が表面に反射する。
それを確認してから、ニーロは部屋を出た。探すのはようやく出来た初弟子の姿。先日何の前連絡もなしに魔女会議にブリジットを出したことを娘に叱られたので、今回はちゃんと連絡しなければ。
さして広くない家を捜し歩いていたニーロは、近付いた窓から覗いた庭に娘と弟子がいるのを見つけた。どうやら洗濯物を干しているようだ。玄関に向かい、ニーロも外に出ていく。
「あれ、お父さんお出かけですか?」
最初に気付いたのは棒を使って物干し台の高い段に物干し竿を引っかけていたファーラだ。同じく気付いたブリジットの視線も向けられたので、ニーロは軽く首を振った。
「ブリジットに用だ」
名前を挙げられ、ブリジットは持っていた洗濯籠を地面に置いて小走りに近付いてきた。
「何でしょうか?」
体の前で手を組んで背筋を伸ばす姿はやはり礼儀正しい。ブリジットが「見栄っ張りなだけ」と評した父親だが、十分に素晴らしい成果だと素直に思ってしまう。
「先程グレース様――魔女会議の時にお前を弟子とするのを認めてくださった方だが、その方から連絡があった。明日の午後に来るように、とのことだ。その連絡をしにきた」
ついに、とブリジットはやや緊張した面持ちになった。「そう心配するな」と軽く肩を叩いてやると、僅かに頬の強張りが緩む。その彼女に頷いてから、ニーロはファーラに視線を向けた。
「他に何か言っておいた方がいいことはあるか?」
確認され、ファーラは思わずといった様子で笑いを零す。素直に叱られたことについて実践している父が可愛く、また頼られるのが嬉しかった。
「そうですねぇ。どんな方かと、どんな所か、ですかね?」
すぐに思いついたことをファーラが答えると、ニーロは考えるような視線を空中に投げる。
「そうだな……グレース様は現在の三大魔女のおひとりになる。三大魔女については?」
「あ、ファーラちゃんから」
聞いています、との言葉は続かなかったが、そうなのだろうと判断してニーロは頷いた。
三大魔女とは、記録、忘却を崩れぬ二角として、初代の頃から現代まで続いているとされている慣習だ。最後の一角はその代でもっとも功績のある魔女が選ばれている。先代は「知覚の魔女」で、今代はグレースがそれに当たる。
「治癒をはじめ、促進、抑制、増加、減少、操作など、あらゆる魔法が得意だったことと、何人もの命を救ってきた実績から『生命』の冠がつけられたお方だ。魔法だけでも相当の能力だが、逃げ込んできた医者などからも知識を授かって、今なお学ぶことを忘れない姿勢は、私もお前も見習うべきだろうな」
真面目に聞いていたブリジットは師の言葉に返事をしてから、引っ掛かりを感じたとある言葉について問いかけた。
「逃げ込んできた、ということは女性のお医者様が?」
識字率が低いのが当たり前だというのに、世の中にはそんな才媛がいるのだろうか。驚いていると、ニーロは「いや」と軽く首を振る。
「妻や娘が魔女裁判で有罪となって一家で逃げてきた者たちだな。ただ、彼らに学んで医療の知識を得て看護婦や医師を志す弟子たちはいる」
そのためもあり、今やグレース邸がある空間は魔女たちにとっては病院のような存在になっていた。
何か怪我や病気などをしたらそこに行きなさい、と言ってやると、ブリジットは驚いた様子のまま頷く。女性軽視が横行している世で生きていた身としては、看護婦はともかく女性が医師を志せるというのは衝撃だったらしい。
「その性質上、傷付いた者が多く集まるのがグレース様がいる空間だ。私が助けた者もいくらかはそこにいる。大所帯の空間だから、見たら驚くかもしれないな」
いくらか、なんて量じゃないですよ。と横からファーラが修正を入れる。
「僕がここに来て二年以上ですけど、その間だけでも30人はグレース様の元に送ってるです。まあ、そこから出て行ったり別の魔女の元に行ったりした人たちもいますから、全員がいるわけじゃないですけど。一番最近だと、ブリジットさんの二日前に助けた人もグレース様の所に行ってるですよ。追っかけられて足に大怪我してたから、あの時はこっちもわたわたして大変でしたねー」
たった二日前? と驚いたが、ブリジットはすぐに、魔女会議の時に「最近多すぎる」と魔女がぼやいていたのを思い出した。どうやら本当に魔女裁判や魔女狩りが頻発しているらしい。
「ちなみにその人は、お父さんにちゃーんと感謝してたので、多分向こうで会っても仲良く出来るですよ」
一歩近付きファーラはブリジットにこそりと耳打ちする。それはいいことだ、とブリジットは思わず笑顔になり「そうなんだ」と明るい声を上げた。
「どうした?」
「なんでもないでーす。それじゃあ、洗濯物が終わったら明日お持ちする手土産でも作りましょうか」
言うが早いかファーラはてきぱきと物干し台に向き直り、ブリジットもすぐさまその後に続く。にこにこと楽しそうな少女たちに笑みを一つ零し、ニーロは家の中へと引き上げていった。
翌日、真夏が目前まで迫った強い日差しの中、ブリジットは師の魔法で生命の魔女の元へ連れてこられる。――連れてこられた、はずだった。
「……え?」
目をぱちくりさせてブリジットは周囲を見回す。賑やかに老若男女が行き交うそこは、魔女の住処というよりどこにでもある少し栄えた街並みだった。大通りの中央に突如現れたニーロたちに、道行く者たちの視線がぱっと集まる。
「お師匠様……っ」
向けられる視線に体を強張らせ、ブリジットは反射のようにニーロに縋りついた。心は恐怖を叫び、頭はかつて経験した魔女裁判で、ブリジットが有罪だと分かった時に向けられた町の者たちの視線を思い出させてくる。
怯えるブリジットを落ち着かせるように、ニーロは逆側の腕でブリジットの肩を抱いた。
「心配するな、大丈夫だ」
告げられた言葉に疑問を抱き小さく聞き直した時、視線を向けていた面々が大きな声を上げる。しかしそれは、ブリジットが案じたような侮蔑や非難、殺意とは真逆の、歓迎の色を表していた。
「ニーロ様! お久しぶりです。弟子を取られたそうですね、おめでとうございます」
「町の方にお越しになるのは珍しいですね」
「あらあら、そちらがニーロ様のお弟子さん? はじめまして。まぁ、囲まれて怖かったかしら? ごめんなさいね」
「あ、ファーラじゃん! 久しぶり~、聞いてよ私基準文字全部覚えたんだよ」
続々と集まる人々で波が出来、壁が出来る。すっかり埋もれてしまったブリジットは、心配とは裏腹に好意的な面々に言葉を失ってしまった。
何事もなくてもちろん嬉しいし安心している。けれど、何がどうなっているのか。段々目が回ってきたその時、縋ったままのニーロが周りへの対応の手を一旦止めてようやく説明を始めてくれた。
「ここは普通の町じゃない。グレース様の居住空間の一部だ。怪我をした者、病気にかかった者、あるいは引き取り先が決まらなかった者、自ら選んでやってきた者。それらが集まりに集まった結果、こうして町のような姿になったんだ。この空間が、現存する魔法空間の中では一、二を争うほど大きいからこそ出来た芸当だろうな」
「大きな空間には、外に出て色々仕入れたり、逆に魔女たちが作ったものとかを売ってくる、まあ商人ですかね。そういう人たちも出入りするですよ。だから、別の魔女たちやその弟子たちが買い物に来ることもあるんです」
年下、同年代、年上の少年少女に囲まれているファーラも説明を補足する。ありがたいが、疑問が増えたのでその両手に抱えているノートの山についても教えて欲しい。何故集まる子供たちが一冊ずつ持っていくのだろうか。それに、何よりその大量のノートをどこから出したのだろうか。
やはり分からないことばかりで、ブリジットは訳が分からないといった顔のまま乾いた笑いを零した。
各種の歓迎を受けるニーロ一行は気付かない。人波の向こうから、暗い目をした女 がじっと彼らを睨め付けていたことに。
紺色の長いヴェールを翻し、女は路地裏へと姿を消す。その手が触れた瞬間ぼろりと崩れた、木の壁の欠片を残して。
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