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魔女は契約を継承す  作者: 若槻風亜
魔女との出会い編
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第2話 「あなたの味方」⑧


「ブリジット、いらっしゃい」


 言下ロザリアは部屋を出て玄関に向かった。はっとしたブリジットは慌てて返事をしてその背中を追いかける。すたすたと歩く背中に追いつき、速度を落としてその後に続けば、さらに背後にニーロとファーラ、アマリアが続いた。


 外に出ると、ロザリアは家から少し離れた位置で立ち止まる。背後にいたブリジットを手招きで真隣まで招くと、にこりと微笑んだ。


「ちょっと空気が悪いみたいだから、お空の空気吸ってきましょうか」


「え?」


 聞き返す声に重なり、ブリジットとロザリアは地面から湧き出るように現れた蔦に包まれる。空を、木々を、家を、ニーロたちを、視界から奪った蔦が卵の形で閉じると、地面が急速に盛り上がった。いつの間に足元も蔦で覆われている。


「ええええええええっ!?」


 悲鳴のような声が尾を引くようにスピードに乗って空へと持ち上げられていった。やがて動きが緩やかになり、止まる。直後、固く閉じていた蔦が、まるで花弁が目覚めるように開かれた。


 そして視界に映る、いつもよりぐっと近付いた青い空と白い雲。遠くの山がはっきりと見え、眼下では鮮やかな緑が午前の明るい日差しを受けて輝いている。地面の上ではほとんど感じなかった風に煽られ、金糸の髪が揺れた。近くを鳥が滑空すれば、空気を切る音すら聞こえてくる気がする。


 言葉を失ってその光景に見入っていると、背後からロザリアに声をかけられた。振り向けば、いつの間にか蔦で作った椅子にゆったりと腰かけているロザリアが視界に入る。ロザリアは視線が合うと穏やかに双眸を細めた。


「辛いことがたくさんあったのよね。でも大丈夫よ、あなたには優しくて頼りになる師と姉弟子がいるんだから。今までの辛さをきっと乗り越えられる素敵なことがたくさんあるわ。もちろん私もあなたの味方だから、いつでも頼って頂戴、ブリジット。遠慮なんて嫌よ」


 あなたの味方。大事な人たちに言って欲しかった、けれど言ってもらえなかった言葉。嬉しさと寂しさが一気に胸に去来し、ブリジットの双眸には涙が浮かぶ。思わず伸びかけた手を咄嗟に引くが、気付いたロザリアは両手を広げてくれた。


「我慢しなくていいのよ。辛いなら抱きしめてあげるから、いらっしゃい」


 優しい優しい、優しい笑顔。零れる涙も、縋る気持ちも、堪えることは出来なかった。ぼろりと涙をこぼすと、ブリジットはロザリアの腕の中に飛び込む。ふくよかな体は温かく、あの日一番自分を助けてほしかった人を思い出して、また涙がこぼれた。


 抜けるような蒼穹の中、ブリジットの泣き声が木霊する。




 トッ、と軽い音を立てて、ブリジットは僅かな段差程度に近くなった地面に飛び降りた。その横ではニーロがロザリアの手を取って地面に下ろしている。


「あの……申し訳ありません、過ぎたことで、ご迷惑を……」


 軽く赤くなった頬を指先で触れながらブリジットは僅かに俯いた。もう過ぎたことなのに、未だに魔女裁判の事を思い出すと暗くなってしまうことが恥ずかしい。自己嫌悪に陥るブリジットに、アマリアはずいと近付く。


「ブリジットさん、まだ裁判から両手で足りるほどしか経っていないのです。辛くて当たり前なんですよ。迷惑だなんてありません」


 アマリアは眉を寄せてブリジットの手を両手で握りしめる。白く柔らかな手からはただただ気遣いだけが伝わってきた。また泣きそうになりながら、ブリジットは小さく震える声で礼を述べる。


「泣きたくなったら耐えなくていいんですよ、僕たちは呆れたりしませんから」


 差し出された冷たいタオルに、初めてこの地に来た時のことを思い出し、さらにじんわりと涙が浮かびかけブリジットは思い切りタオルに顔を埋めた。あれだけ泣いたのにまた泣いて心配をかけたくない、という意地で涙を奥に引っ込める。泣いていい、という言葉は嬉しいが、それはまたもっと辛くなった時にとっておかせてもらおう。


「そ、そういえば」


 話を変えようとやや引きつり気味の声を絞り出し、ブリジットはロザリアを見やった。


「ロザリア様は、何の魔女でいらっしゃるんでしょうか?」


 そういえば聞いてなかったな、と今更なことを鼻をすすりつつ問えば、ロザリアは「何だと思う?」と悪戯な笑みを浮かべる。


「えっと……植物?」


「惜しいわぁ。もうちょっと狭めて」


「草?」


「う~ん、もっと限定的ね」


 限定的、と悩みだすと、隣のファーラが袖を引いてきた。ちょいちょいと指先で示されたのは、今自分が降りたばかりの蔦の籠。


「――蔦、ですか?」


「せいかぁい! 私は蔦の魔女よ。本当は姉さまみたいな茨が良かったのだけど、茨は私には合わなかったのよねぇ」


 ぽぽぽん、と祝うようにピンク色の花びらが出現する。その余韻の中残念そうな顔をするロザリアだが、ブリジットはさもありなんと内心で独り言ちた。先の説明の通りなら、茨の魔法は攻撃的な防御。彼女に攻撃性の強い魔法は合わないのだろう。


「じゃあ私が何の魔女か知ったところで、大事な用事済ませちゃいましょう。ニーロ、始めるわよ。アマリアちゃん、立会人よろしくお願いね」


 ぽん、と手を叩き合わせた瞬間、蔦の籠は絨毯のように広がり、ロザリアはその上に上る。アマリアは脇に控え、ファーラはブリジットからタオルを受け取りさっと下がった。最早当たり前のように置いてけぼりになるブリジットの背中を、隣に立ったニーロが軽く押す。


「ブリジット、今からロザリア様がお前の後見人となってくださる。これはその儀式だ。……儀式、と言っても魔女が宣誓をするだけだから、緊張する必要はない。ロザリア様の前に跪きなさい」


 後見人、確か昨日の魔女会議の際、ロザリアとあの不思議な光沢の髪をした女性がやり取りをしていた内容だ。理解したブリジットはすぐさま言われた通りに蔦の絨毯の上に跪いた。それを確認してから、ロザリアは片手を上げブリジットの額に当てる。


「『蔦の魔女』ロザリア・コーベットはここに、ブリジット・ベルの後見人となることを宣言します」


 ロザリアの宣言の後、ニーロが片手を上げた。


「『空間の魔女』ニーロ・リッドソン、ブリジット・ベルの師としてこれを受け入れ感謝します」


 続いて、アマリアが片手を上げる。


「『記録の魔女』アマリア・ターラント、後見人の儀式の立会人としてこれを認めたことを宣言します」


 ロザリアがブリジットの額に当てていた手を、ニーロとアマリアが軽く上げていた手を、高く天にかざした。


「「「若き魔女に祝福を」」」


 祈りの言葉は光と変わり、ブリジットに降り注ぐ。それが収まってから、ニーロはブリジットに立つように告げた。応じてブリジットが立ち上がると、ロザリアは胸の前で両手を軽く叩き合わせる。


「これでおしまいよぉ。今日から私がブリジットの後見人ね。うふふ、ようやく願いが叶ったわ~」


 くるくると回り、近くにいたファーラと両手を叩き合わせて喜ぶ姿が可愛らしい。礼を述べようとしていたブリジットは、その様を眺めてしまいすっかりタイミングを失してしまった。


 申し訳なさよりも心が綻んでしまい、くすくすと笑いを零す。その彼女の頭を大きな手が撫でた。はたと笑いを収めて見上げれば、ニーロが僅かに口元を緩めてブリジットを見下ろしている。


「ロザリア様の期待に応えられるように精進しなさい」


 穏やかな励ましに、ブリジットは改めて未来を示されたような明るい心地になった。両拳をぐっと握りしめ力いっぱいに返事をする。


「はい! ロザリア様の、もちろんお師匠様の期待にお応え出来るように精一杯励みます!」


 全身から放ったような大声は当然周りの面々の耳にも届き、ロザリアは「応援してるわよ~」と声をかけ、ファーラは「僕も協力するですよー!」と両腕を空に広げ同じような声量で宣言した。


 その様を微笑ましく眺めてから、歩き出したニーロは家に入ることを促す。それに応じて最初にファーラが「お茶を入れ直す」と室内に駆け入り、ロザリアとニーロは歓談しながらゆっくりと家に向かった。それを追いかけようとしたブリジットを、アマリアが引き留める。


「何でしょうか?」


 振り向き首を傾げたブリジットの隣に並んでから、アマリアは彼女を促しゆっくり歩き出す。同じ速度で隣り合って歩く中、アマリアは静かに口を開いた。


「記憶の魔女と忘却の魔女は、魔女たちに公平でいなくてはなりませんので、特定の方の後見人にはなれません。ですが、わたくしはあなたの味方でいたいと思います。わたくしが出来なかったことをあっさりとやってのけた、強いあなたに、そのままでいてほしいから」


 出来なかったこと? と問い返せば、アマリアは少し寂しそうに唇に弧を描き、声を潜める。


「わたくしも、かつてニーロ様にお救いいただいたひとりです。ですが、わたくしはその当時殺されかけた恐怖から、男憎しの感情を抱いていました。そして、その醜い感情を、あろうことかニーロ様にぶつけてしまいました。何年かしてからその感情も落ち着き、謝罪をしてお許しもいただけましたが――。素直にあの方を尊敬している今となっては、その時のことが恥ずかしくて情けなくて堪りません。でもあなたは」


 アマリアの顔がこちらに向いた。眼差しはやはり瞼の奥にあるようだったが、ブリジットは彼女の視線を確かに感じ取る。


「あなたは、最初からニーロ様の優しさをしっかりと受け止め、それを返そうとしている。昨晩の魔女会議であなたの宣言を聞いてどれほどこの心が衝撃と感激で揺れ動いたことか。――だから、わたくしは決めたのです。過日の贖罪と、返せないままの恩を返すためにも、あなたの味方でいると」


 出来ることなら何でも言ってくださいね、と微笑まれ、ブリジットは少し目を潤ませて微笑み返した。自分の味方でいてくれる、という言葉が嬉しかったのももちろんある。けれどそれ以上に、彼女が今はしっかりと師の味方であることを知れたのがとても嬉しかった。


「ありがとうございます、アマリア様。託していただいた思いのためにも、必ずご恩をお返し出来るように力を尽くします」


 力強く覚悟を示せば、アマリアは目元を指先で拭う。はい、と微笑む笑顔は嬉しそうで、自然とブリジットの頬も緩んだ。


 弟子生活二日目。ブリジットは師の味方たちの存在を知ったのだった。



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