第2話 「あなたの味方」⑦
恐る恐るアマリアに伺うような視線を投げると、本から手を放したアマリアは、両手でそれを示した。
「今のは記録の魔法と千代の綴りの効果です。魔法で読み取ったブリジットさんの魔女に関する事柄を、千代の綴りに書き込んだのです。基本的に魔女に関わる出来事についてが記載されるので、今回はブリジットさんが魔女裁判に引っかかってしまう直前から今日に至るまでの出来事の記憶が対象となっています。これからもこのような形で記録にご協力いただくことになると思いますので、どうぞよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げてから、アマリアは「それと」と頬に手を当てる。
「大変申し訳ありませんが、記憶の取捨選択は出来ませんのでその点はご了承ください。人に喋るべきではない内容は決して口外しないことを、引き継いできた記録の魔女の名にかけてお誓い申し上げますので」
言葉通り申し訳なさそうに眉を寄せるアマリアに、ブリジットは笑顔を作って「はい」と返事をする。その内心では、これまでとこれからの全てが彼女の手の内に収まることへの恥じらいと恐怖と戸惑いがあった。だが、そこは最早諦めるしかないのだろう。彼女の誇りを信じるしかない。
悪いことはしていないはずだ、しないはずだ、という確定出来ない不安に苛まれている中、ブリジットは不意にニーロの姿がないことに気が付く。どこへ、と思わず視線を巡らせた直後、別の部屋から師が戻ってきた。手には薄いノートのようなものを持っている。
「あれは『綴りの写し』っていう魔道具でねー、千代の綴りに書かれている情報を一部見ることが出来るのよ。本人の情報なら全部、他の人なら本人が見せてもいいと判断した情報、ってところかしらね。魔力を流せば誰でも見られるから、使ってみるといいわ。あ、ブリジットはもう魔力が必要な魔道具は使えるかしら?」
説明した直後に大事なことが抜けていたと思い出してロザリアが確認すると、本人よりも先にファーラが元気よく是を返した。子供の早い成長を喜ぶように、ロザリアは両手を合わせて「あらあらあら」と目の皴を深くする。
「ブリジット、やってみなさい」
手渡されたノートを受け取り、ブリジットは流し読むようにページをめくった。しかし、そこには白紙が広がるばかり。ファーラが「要求しないと表示されない」と教えてくれたので、自身の前にそれを置く。
「魔力を流し、知りたい情報を声に出して要求すると、閲覧可能な情報であればノートに表示される。要求が具体的だと出てきやすいから、一度試しに何か調べてみるといい」
使用方法を説明され、ブリジットは素直に返事をしてからノートに手を当てた。何を調べてみよう。少しの間考えてから、ブリジットはすぅと息を吸いこむ。
本来ならば自分の事でも見るべきなのだろうが、つい先程から気になっていることがあるので、怒られるのを覚悟でそちらを調べることにした。
「お師匠様――ニーロ・リッドソン様が魔女になった直後、空間から助け出された時の状況は閲覧可能ですか」
予想外の質問にニーロは軽く目を見開き、女性陣は思わずといった様子で笑い出す。少々恥ずかしいし怒られるかもしれない状況は怖いが、さらりと終わってしまった話の続きがブリジットはどうしても気になっていたのだ。
僅かの間も開けず、ノートの表紙に「閲覧可」の文字が浮かび上がり、淡い光がノートを包んだ。ファーラに示されるまま表紙を開けば、先程まで白紙だった紙に文字が躍っている。
「あ、ブリジットさん読めなければ僕が――」
「『アルセナディ暦1851年5月23日。三日に渡り自らが作った空間に閉じ込められていたニーロ・リッドソンは、集まった18人の魔女たちにより救出される。この際、混乱状態であったニーロは魔女たちの攻勢に怯え再び空間を作り出そうとしたが、同所にいたロザリア・コーベットに引き留められ落ち着きを取り戻した。大泣きする彼につられ周りからもすすり泣く声が』――うわぁ、こんなことまで詳細に書かれちゃうんですね……ん?」
書き出された部分を読み上げたブリジットは、不意に視線を感じて顔を上げた。そうして視界に映ったのは、意外そうな顔をして自分を見てくる三人の魔女と一人の少女。
え? え? と首をあちこちに回し挙動不審になるブリジットを見て、ニーロは珍しくはっきりと驚きを映した表情のまま小さく息を吐く。
「驚いたな、文字が読めるのか」
「まあまあまあ、びっくりしちゃったわぁ。ブリジットは良家のお嬢さんだったの? 私は文字習ったの弟子入りしてからよ」
「わたくしもです」
「僕は例のお爺さんに教えてもらったですよ」
まじまじと顔を見られることに少々戸惑いつつ、ブリジットは一同の驚きの理由を知った。
国の政策もあり現在の識字率は上がりつつあるが、それは主に男性の話であり、女性の識字率はそれほど高くない。今のところ、女性が文字を読めるのは貴族の娯楽くらいの認識が一般的だ。文字が読めない者たちに物語を聞かせる読誦家が国中で流行っているのだが、それはこれが理由である。
寄せられる驚きに、ブリジットは視線を下げて皮肉気に笑った。
「いえ、私はブドウ農家の娘でした。それなりに大きくはありましたが、良家、というほどではありません。ただ、父親が見栄っ張りだったんです。女でも読み書き計算は出来た方がいい、と兄たちに交じって教えられましたが、皆さんが今しているような誤解を、周りにさせたかっただけなんでしょうね」
くだらない。吐き捨てるように呟けば、心が暗く重くなっていく。
魔女裁判に遭うまでは、父の愛情だと素直に思っていた。けれど、あっさりとブリジットを見捨てた父の姿は、それが勘違いだとブリジットに教えてきた。ただ、見栄を張るための道具だったのだと。
憎々し気な歪んだ笑みを浮かべるブリジットは気付かない。気遣う視線が四対、彼女に注がれていることに。彼らが視線を交し合ったことに。最初に動き出したのはニーロだが、彼の手がブリジットの肩を叩く前に、ロザリアがすっと立ち上がる。
お読みいただきありがとうございます!
もし物語を追ってもいいと思っていただけましたら、★評価やリアクションで応援していただけるととても励みになります




