第2話 「あなたの味方」⑤
コツ、と靴音を立てて現れたのは、玄関に通じる廊下に立つ女性。紫陽花色の長い髪、スカーレットを基調とした肩が出るタイプのワンピース、額と首元で輝く碧玉。それらの色の対比が、はっと目を引く。
彼女も昨日姿は見ているので、魔女の一人であることはすぐに分かった。だが、ブリジットは彼女の名前が分からない。先程ロザリアの名前を教えてくれたリーリーが、一声も鳴かなかったからだ。
咄嗟にリーリーに視線を向けるが、木の鳥は静かに羽を閉じたままぴくりともしない。その様子にブリジットの困惑が伝わったのか、紫陽花色の髪の女性はくすりと口元に手を当てて微笑んだ。
「リーリーは家人が認識していない来客を告げる魔道具なんですよ。先程外でファーラさんとお会いして入れていただいたので、リーリーは反応しなかったんです。……遅れましたが、お邪魔いたしますニーロ様。ご無沙汰しております、ロザリア様。それと、はじめましてブリジットさん。当代『記録の魔女』、アマリア・ターラントと申します」
ひとりひとりにしっかり顔を向けてから、女性――アマリアはゆっくりと頭を下げる。応じてゆるりと挨拶を返す師匠格とは真逆に、ブリジットは慌てて立ち上がった。
「お初にお目にかかりますアマリア様。ご挨拶が遅れまして大変失礼しました。ブリジット・ベルと申します。昨日は無礼な真似をしまして申し訳ございませんでした」
しっかりと頭を下げると、アマリアは少し慌てたように両手を胸の前に出す。
「まあ、無礼だなんてそんな。思ってもいませんよ。昨日は状況が状況でしたし、どうぞお気になさらないでください。それに……」
何かを言いかける が、アマリアは「いえ、何でもありません」と笑顔で首を振った。それに疑問を抱く前に、小さな包みをふたつ入れた木の籠を腕に引っ掛けているファーラが、元気よく部屋に入ってくる。
「ハーブお待たせしましたですよ~」
両手で椅子を運んできたファーラは、長方形の机の短辺の部分、ファーラとブリジットの席の間に椅子を置いた。そして先程まで自分が口をつけていたティーカップをその前に持ってくると、手早く元の席を拭き、ティーカートに伏せていたティーカップとソーサーを置き直す。
「どうぞアマリア様、座ってください」
ファーラに促されると、アマリアは礼を述べて丁寧に頭を下げてから席へと歩き出した。
その途中、ブリジットは彼女の腰に大きな本がベルトで留められていることに気が付く。そういえば、彼女は先程「記録の魔女」と名乗っていた。あれは、その冠名に関わる魔道具か何かだろうか。知らずに視線で追っているうちにアマリアは席に着き、本は再びブリジットの視界から消えた。
「ああいい匂い。本当にわたくしまでいただいていいのですか?」
目の前で注がれるハーブティーからふわりと香るハーブの柔らかい匂いに感嘆のため息を吐き出し、アマリアは両手を軽く合わせてファーラを見上げる。質問の対象は、どうやら目の前の茶ではなくファーラがふたつ作ってきた包みのようだ。ティーポットをカートに戻してから、ファーラは籠を持ち直しにっと嬉しそうに笑った。
「もちろんですよ。頑張って育てたので、貰っていただけると僕も嬉しいです」
最初にロザリアに包みを渡し、歓喜の声を上げる彼女に返事をしてから、もうひとつの包みをアマリアに渡す。アマリアもそれを大層嬉しそうに受け取った。
「ファーラのハーブは人気でな。魔女たちからも 評判がいい」
隣のニーロが状況を補足すると、ブリジットはなるほどと頷く。町でも商売になるほど栽培されていたのでよく飲んでいたが、確かにファーラのハーブティーは町のものより美味しい。素晴らしいものだ、と感心しつつブリジットも再度茶に口をつける。
「うーん、やっぱりファーラのハーブをルネッタが改良したらもっと良い物が出来そうよねぇ」
幸せそうに、悪気や皮肉など微塵にも込めずにロザリアが呟いた。また別の魔女だろうか、と誰かに説明を求めるべくブリジットは視線を巡らせる。
そして、冷や汗をかく羽目になった。ニーロはやや面倒そうな顔をし、アマリアは「何てことを」と言わんばかりに顔を引きつらせている。だが一番表情が変わったのはファーラだ。出会ってから今までで、一番嫌そうに顔を歪めていた。
「はぁぁいぃぃ? ロザリア様、今僕の大事なハーブをあの大馬鹿娘に渡せと仰いましたぁぁ?」
首を傾げぎりぎりと歯噛みしながら確認するファーラにも動じず、ロザリアは変わらない笑みを浮かべていた。
「ええ。良い物が出来ると思うわぁ。……まあまあまあ、駄目よファーラ。大馬鹿娘だなんてひどい言葉使うものじゃ、ない、わ――? あらあらあら? もしかしてまだ喧嘩しているの?」
ここでようやく気付いたのかロザリアは、軽く目を見張り驚いた様子を見せる。逆にどうして知らないのか、と沈黙の中で同じことを思ったのはニーロとアマリアだ。
「まだも何も仲良かったことなんて一度もないしこれからもないですよ!」
ふんっ、と顔をそらし、ファーラは乱暴に自分の席に着いた。何度目とも分からない、事情についていけない状況。ブリジットは助けを求めるように師に視線を向ける。ニーロは軽くこめかみを揉んで、小さく息を吐いた。
「……いずれ挨拶することになると思うが、当代の魔女に『薬草の魔女』ルネッタ・フォルテという者がいる。その娘とファーラはすこぶる相性が悪くてな。顔を合わせれば喧嘩が絶えん」
疲れたような溜息が吐かれれば、ブリジットはその絶えない喧嘩の皺寄せをニーロが食っていることを理解する。大人びていると思ったが、周りが気を遣うほど気に食わない相手とやりあうとは、ファーラもやはり子供のようだ。
(……私も、人の事言えないけど)
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